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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1997年受賞

若林 正丈(わかばやし まさひろ)

『蒋経国と李登輝 ―― 「大陸国家」からの離陸?』を中心として

(岩波書店)

1949年、長野市生まれ。
成城大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。
東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。
日本国駐香港総領事館専門調査員、東京大学教養学部教授などを経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。
著作:『台湾抗日運動史研究』(研文出版)、『転形期の台湾』(田畑書店)、『台湾』(東京大学出版会)、『台湾の台湾語人・中国語人・日本語人』(朝日新聞社)など。

『蒋経国と李登輝 ―― 「大陸国家」からの離陸?』を中心として

 本書は、蒋経国と李登輝という背景と経歴とを対蹠的に異にする二人の指導者のリーダーシップに焦点を合わせ、また中華民国の台湾化(台湾のアイデンティティの確立)という視角から、台湾の民主化の過程を分析した力作である。著者はこれまで精力的に現代台湾政治の研究を進めておられ、本書の他にも、第二次大戦後の台湾の政治体制の変化を、権威主義体制の形成と変質という観点から分析した『台湾 ――分裂国家と民主化』や1995年から96年にかけて、初めての民主的総統選挙が行なわれる過程を現地で多くの台湾人と話し合いながらつぶさに観察した興味深い記録である『台湾の台湾語人・中国語人・日本語人――台湾人の夢と現実』などの優れた著作を、近年相次いで刊行されている。
 東アジアにおいて、台湾は、韓国と並んで、権威主義体制から民主主義体制へのソフト・ランディングに例外的に成功した国家である。厳しい国際環境の下で民主化を比較的平穏に成し遂げたという点でも、台湾と韓国とは例外的である。対外的脅威が高まると、権力の安定と集中を求める力も強まり、民主化にとって不利になりやすいだけに、台湾と韓国の成果は注目に値する。しかも韓国が北朝鮮との経済競争に完勝し、国際的地位を高める過程で民主化を達成したのにたいして、台湾は巨大な大陸中国の脅威が強まり、国際的孤立化が深まる中で、つまり、より困難な国際環境の下で、民主化を達成したのである。
 権威主義が平穏裡に民主化されるためには、人々の民主化要求の高まりだけでなく、権威主義体制の支配層の中で、民主化を不可避と考え、その進行を容認するような開明的指導者がリーダーシップを握ることが必要である。本書で若林氏が、台湾民主化の過程を、台湾の政治と社会の構造的変化を十分踏まえつつ、蒋経国と李登輝という二人の指導者の政治的閲歴を対位法的にたどるという方法で解明したのは、その意味で誠に適切であった。
 フランス革命の例を挙げるまでもなく、民主化はナショナリズムの高揚をもたらしやすい。日本の支配から脱却した後も、中国本土で共産党との抗争に敗れて台湾に逃れた国民党という外省人による支配が続いていた台湾の場合、民主化によるナショナリズムの高揚は、なによりも中華民国の台湾化という形で現れた。それは、台湾独立を公言することが国際的にも正統性の面でも自殺的行為であるという厳しい現実を踏まえた、ナショナリズムの慎重な発露でもあった。したがって中華民国の台湾化、台湾アイデンティティの確立という、本書における若林氏のもう一つの分析視角も、台湾政治の民主化過程の解明にあたって、極めて適切なものなのである。
 若林氏の的確で優れた一連の研究により、現代台湾政治に対するわれわれの理解は、大きく前進したと言って、決して過言ではない。

佐藤 誠三郎(政策研究大学院大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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