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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 1989年受賞

荒俣 宏(あらまた ひろし)

『世界大博物図鑑 第2巻 魚類』

(平凡社)

1947年、東京都生まれ。
慶應義塾大学法学部卒業。
日魯漁業株式会社に入社、コンピューター・プログラマーとして勤めた後、独立。現在、作家、翻訳家。
著書:『図鑑の博物誌』(リブロポート)、『絵のある本の歴史』(平凡社)、『帝都物語』(角川書店)など。

『世界大博物図鑑 第2巻 魚類』

 博物学は自然科学系の諸学のなかで最も人文科学とかかわりが深く、古来、この分野に親しんで観察記録などを書き残した文人作家は少なからぬ数にのぼるが、さらに踏みこんで博物図鑑まで作ったという話はさすがに聞かない。せいぜい、何人かの画家が特定の綱目について図譜を残している程度であろう。そうした常識をくつがえしたのが、荒俣宏さんの『世界大博物図鑑』である。
 著者はファンタジー系統の物語づくりに長じ、その方面ですでに一家をなしている人だが、その一方、博物学にも入れあげて久しく、ことに博物図鑑とその歴史に関する造詣の深さはなみなみでない。蒐集魔でもあって、年来、内外の名ある図鑑や図譜をたずね歩いて倦むことがなかったというが、その旺盛な好奇心と不断の努力は、やがて『世界大博物図鑑』に実を結ぶことになった。
 この図鑑は全5巻で構成され、そのうち、まず鳥類篇(初刊1987年)、ついで哺乳類篇(初刊1988年)、そして魚類篇(初刊1989年)と、すでに3巻が公にされてい、さらに昆虫類、両生・爬虫類の2巻の続刊が予定されている。動物だけでなく、いずれは植物をも扱う心づもりと聞く。
 ただし、博物図鑑といっても、これは通常の学術的図鑑とはいちじるしく趣を異にする。19世紀フランスの博物学者ジョルジュ・キュヴィエの編んだ手彩色図鑑『動物界』をはじめ、古今東西の著名な図鑑図譜数十冊から、学術的に貴重というだけでなく、芸術的な鑑賞にも堪え得る図版を各巻あたりおよそ一千点を選んで復刻したうえ、再構成したもので、いわば名作図譜の集大成がめざされているのである。文科系の博物マニアならではの斬新な着眼といわなくてはならない。
 魚類篇の場合でいえば、西洋渡りの図版のほかに、江戸中期の高松藩主松平頼恭の編にかかる『衆鱗図』、江戸末期の本草学者高木春山の手になる『本草図説』稿本、昭和10年代に成った大野麦風筆『大日本魚類画集』といった和製図譜からも多くの絵が採られていて、麦風の描いた日本画風の鮎や鯉の遊戯図など、眺めているだけでも楽しい。
 それに、博物学者の作った図鑑と違って、ここでは神話や伝説や民話などに登場する架空の動物、たとえば哺乳類だと天狗や河童、鳥類だとグリフォンやフェニックス、魚類だと鯱(しゃちほこ)や魚師(ぎょし)といった怪魚にも、人間の文化と歴史にかかわってきた存在とする立場から、ちゃんと席が与えられ、もちろん想像図も付されている。こういうところも、文科系博物図鑑のうれしいところだ。
 当然のことだが、説明文の文体も、科学的記述を旨とする理科系図鑑の無味乾燥は排され、それぞれの動物について、名の由来、口碑伝説、雑学的エピソードなどをふんだんに盛った読物仕立て。
 どのページからも、百科全書的人間を標榜して、天上天下森羅万象に好奇の眼を注ぎつづけてきた著者の面目がしっかりと伝わってくる。

向井 敏(評論家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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