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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1988年受賞

関場 誓子(せきば ちかこ)

『超大国の回転木馬』

(サイマル出版会)

1946年、三重県菰野町生まれ。
津田塾大学英文学科卒業。
外務省に入省し、国連局軍縮課、米国ウィリアム・スミス・カレッジ、在米日本大使館での研修を経て、北米局北米第一課に勤務。現在、在ボストン日本国総領事館領事。ハーバード大学ロシア研究所客員研究員。

『超大国の回転木馬』

 昨年12月に米ソ間で締結された地上発射中距離核(INF)全廃条約は、核兵器の保有上限を制限するという従来の核軍縮交渉の枠を破り、INFという限定された範囲であれ、特定の種類の核兵器を全廃することに両超大国が合意したという点で、画期的な意味を持っている。大国の主要兵器を削減することに成功したという意味では、1922年のワシントン海軍軍縮条約以来の出来事といってよい。
 第二次世界大戦後の世界は、軍事的には米ソ二極体制をなしてきたとよくいわれる。しかし、現代の軍事力において決定的意味を持つ核兵力で、米ソが「ほぼ均等(ラフ・パリティ)」の状態に達したのは、1970年代に入ってからのことである。米ソの核軍縮交渉がこの時期から、政治的プロパガンダ以上の真剣味を帯びてくるのは、決して偶然ではない。
 本書は、1970年代初頭の戦略核兵器制限交渉(SALTI)以来、INF全廃条約締結に至るまでの16年に及ぶ米ソ核軍縮交渉の経緯を、特に80年代を中心として分析したものである。
 16年間の米ソ核軍縮交渉は波欄に満ちた困難な過程であった。1972年のSALTI条約締結に始まるデタントは、ソ連の一貫した軍拡と、第三世界への進出によって70年代後半には揺らぎ、79年のアフガニスタン侵入によって最終的に崩壊してしまった。「強いアメリカ」を掲げたレーガン大統領の下で、81年にINF交渉が開始されたが、82年のポーランド危機、83年の戦略防衛構想(SDI)発表、大韓航空機撃墜事件、そしてアメリカのINFのヨーロッパ配備開始等によって、米ソ関係は冷却化の一途を辿るかに見えた。しかし、84年11月の地すべり的勝利によるレーガン再選と、85年3月ゴルバチョフ書記長の登場を契機として、事態は再び好転しはじめる。そして2年6ケ月にわたるスリルに満ちた虚虚実実の駆け引きを経て、ついにINF全廃条約が締結されるのである。
 米ソ核交渉の過程がいかにドラマティックであるといっても、そのドラマ性をいきいきと再現することは決して容易ではない。そのためには、交渉の背景と経過に対して広く、かつ正確な知識を持ち、交渉当事者の直面した葛藤と苦悩を内在的に理解し、そしてすぐれた構成力と表現力でそれを叙述しなければならない。
 関場誓子氏は、本書においてこの困難な課題に挑戦し、みごとな成功を収めている。職業外交官として十数年にわたって米ソ関係を観察・分析しつづけてきた学殖・経験と、米ソ核交渉のアメリカ側代表の側近スタッフである「私」という架空ではあるが存在感のある人物にモノローグを語らせるという興味深い手法、そしてみずみずしい感受性による登場人物への透徹した理解が、本書を緊張に満ち、臨場感にあふれたドラマとしている。また巻末には事項解説・米ソ交渉関係年表・参考文献が付せられており、米ソ軍縮交渉に関する手引書としても有用である。

佐藤 誠三郎(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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