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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 1988年受賞

鳴海 邦碩(なるみ くにひろ)

『アーバン・クライマクス』を中心として

(筑摩書房)

1944年、青森県弘前市生まれ。
京都大学大学院工学研究科修士課程修了。
兵庫県庁、京都大学工学部助手、大阪大学工学部講師を経て、現在、大阪大学工学部助教授。
著書:『都市の自由空間』(中央公論社)、『都市デザイン』(共編著、学芸出版社)など。

『アーバン・クライマクス』を中心として

 火事のようなカタストロフィーの到来で裸になったカシの林の跡に、まず草が茂り、次に松が生え出し、やがてはまたカシが勢いをまして来るといった過程をサクセション(遷移)と言い、最終的に到達する安定した植物群落をクライマクス(極相)と言う。極限まで肥大し過密化した現代の大都市の状況を、そのクライマクスにたとえるとすれば、サクセションに当たる都市の形成は、どのような経過を辿るのだろうか。
 著者は、鳥の眼と虫の眼をしなやかに使い分け、人間が造る壮大な「森」の物語を、精緻な考証をちりばめながらいきいきと展開する。
 原初的な集落のアナロジカルな空間構成とか、中核に王宮が位置するパレス型、市民のための広場を中心にしたプラザ型、街路を骨格にして市民が平等に並列するストリート型など、共同体の基本パターンをまず俯観してから、イエとミチの構造の細部に分け入った著者は、都市空間の生態をさまざまな角度から鋭く観察し、とりわけロウジのような空間が孕む濃やかな可能性に、熱いまなざしを注ぎながら、あらまほしき都市への想いを語り続ける。「都市の全体像を見る眼は、都市へ人々を統合する絆が宗教的なものであったという点でまず宗教を司る人の眼であった、それが都市全体を統合する権力者の眼に代わり、そして今、購買者を意識するデベロッパーの眼にとってかわられた」と言う筆者は、購買者であるわれわれの眼を肥やすことが、デベロッパーにもっと魅力的な町造りをうながすプレッシャーになり、都市の人間性の回復に繋がることを期待しているのだが、これはいささか楽観的に過ぎるような気もする。なまじっか眼を肥やしてしまったら、いよいよ絶望的無力感にうなだれることになるのではないかと、今や自棄的なカタストロフィー願望さえ脹みつつある東京の、土地なき民は思うのである。
 とはいえ、本書にこめられた著書の志には共感を惜しまない。木を見て森を見て更に草の根を分けるようにして、都市の真髄に迫ったこの刺激的な都市論が、都市再生のエネルギーをかきたてることを祈りたい。
 ここ数年、社会・風俗部門では、都市論の受賞が相次いでおり、またもや都市論ではと、偏りを案ずる声もあったが、そんなにも秀作が集中することにこそ、都市問題のただならぬ重要性を認めるべきだろう。
 また、東京中心の都市論が多数を占める中で、本書の視点が関西にあることも新鮮な関心を喚起した。入り子型と座標型双方の性格を合わせ持った京都は、極めて未来的な都市のモデルであるかもしれないとか、大阪は常民の地に足のついた生活原理が直接的にあらわれた本音の町であり、大阪の欠点とされるものこそが、最も異色で尖鋭的であるといった考察に、日本の都市への希望が感じられるのである。

桐島 洋子(随筆家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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