サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > サントリー学芸賞 > 受賞者一覧・選評 > 武田 佐知子『古代国家の形成と衣服制 ―― 袴と貫頭衣』

サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 1985年受賞

武田 佐知子(たけだ さちこ)

『古代国家の形成と衣服制 ―― 袴と貫頭衣』

(吉川弘文館)

1948年、東京都生まれ。
早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。
東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程修了(日本史専攻)。現在、大阪外国語大学教授。

『古代国家の形成と衣服制 ―― 袴と貫頭衣』

 日本古代史の研究は、微に入り細にわたって積み重ねられており、余程の異なった視座からでなければ、新横軸の照射が難しい分野である。そのように甚だしく細密化された領域で、武田佐知子は最も根本的な次元に於いて設問し、興味津々たる分析と論理を簡潔に展開している。
 著者は自己の問題意識を次の如く縮約する。すなわち「日本古代の服飾に関する研究は、江戸時代以来、膨大な業績の蓄積を見るが、それらはいずれも、衣服やそれに付随する冠や帯等の、具体的事物そのものを考察の対象として行われてきたといえよう。つまり人体を離れて存在する衣服そのものに照準をしぼって、考察が重ねられてきたのである。たとえば埴輪像についてはその衣服だけを、着用する人物とは切り離して考察の対象としてきたところに問題があり、そこにこれまでの服飾史の限界があったと私は考える。つまりこのことが、衣服史を、単なる服飾の制度の変遷史といった、いわば静的・表層的な次元におしとどめる要因となってきたといえよう。しかし歴史学の立場からすれば、埴輪像の着用する衣服についての考察は、それがその着用者にとって、また着用者の周囲の人間にとって、どのような意味を持つかまでを考えることによって、はじめて完結するといえるのではないだろうか」。つまり著者の発想は服飾史を通して、社会の構成および人間の劇を見出そうとする。
 たとえば「人物形象埴輪の出現は」「五世紀後半から七世紀にかけての古墳時代後期に限定され」「主に関東地方に集中しているという事実」、および「我国の古墳時代の遺跡から発見される馬具は、高級品が主体で、実用品に乏しいという事実」から、「我国において乗馬は、当初は儀仗用が主であった」と推論する著書の見解は、そこから生じるであろう様ざまな問題を示唆している。
 更にまた「袴は律令国家、ひいてはその頂点に位置する天皇に対して、官人以下奴に至るまでが、階級的に分化しているにもかかわらず、一律・平等に従属と奉仕の関係に入ることを表象している」との指摘など、著者は広く「東アジア世界における国家の形成と身分標識」を見渡し、広く文献を精査しながら、「我国では奴婢を除外して良人のみが、擬制的にせよ共同体として結束しようとする意図は、稀薄であったといわざるをえない」という風に、重要な推論を数多く提示し、読者を刺激的な興奮へ誘っている。

谷沢 永一(関西大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

サントリー文化財団