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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 1982年受賞

中村 良夫(なかむら よしお)

『風景学入門』

(中央公論社)

1938年、東京都生まれ。
東京大学工学部土木工学科卒業。
日本道路公団技師、東京大学工学部土木工学科助教授を経て、現在、東京工業大学工学部社会工学科教授(地域計画専攻)。
著書:『土木空間の造形』(技報社)など。

『風景学入門』

 本書は私たちが日常的な体験のなかで常住坐臥眼にしている「風景」というものを「思想」としてとらえようとする画期的な試みであって、これまで少数の識者によるものを除いてほとんど未開拓であった分野に現代的な知性と感性によって切りこんだ独創性の高い労作である。
 著者はここで、伝統的なエートスに対する深い理解と自身の専門領域を含めた最新の学問的・技術的な知見とをふたつながら踏まえて、歴史的な風景像と現存する景観とを構造的に分析しつつ、将来において実現さるべき景観像を構想するが、そのアプローチは視覚認識論、情緒心理学、文芸・芸術学、社会学的行動学、哲学・宗教学および土木工学等の知識を援用してきわめて多角的であり、定性的のみならず定量的な方法を用い、理論的であるとともに実用的な方向からイメージを形成している。
 著者が本書において産み出し得たものは、単に風景思想という独特の自然美学ばかりではなく、自然と人間との弁証法的な関わりを洞察する文化哲学基礎論であり、空間の単に物質的なものに還元され得ない精神的価値を対象とする意味論的空間論であり、そして何よりも卓越した文明批評である。
 といっても本書は分量の点からそれらの成果を充分に達成し尽していない憾みはあり、また全体の構成が統一を欠くという印象を拭いきれず、援用された学問的知見が表面的なものにとどまっているという欠点も指摘されるであろう。それにもかかわらず、本書は小著ながら、現代の学問と展望とに新しい可能性を示唆し、問題を提起した書物として高く評価され得るのである。

中埜 肇(筑波大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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