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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1980年受賞

野口 悠紀夫(のぐち ゆきお)

『財政危機の構造』を中心として

(東洋経済新報社)

1940年、東京都生まれ。
東京大学工学部卒業、カリフォルニア大学経済学修士。イェール大学経済学博士。
大蔵省、埼玉大学助教授を経て、現在、一橋大学経済学部助教授。
著書:『情報の経済理論』(東洋経済新報社)など。

『財政危機の構造』を中心として

 昭和50年度以降わが国の財政は一般会計歳入の30%以上を公債発行に依存するという異常事態が継続し、これをいかにして打開するかは当面の重要な政策課題である。本書はこうした「財政危機」の性格を独自の視点から解明し、予算改革の方途についてもラディカルな提案をしている。著者の論旨の一々に賛同するか否かは別として、これは現下の日本財政が抱える問題点に切れ味の鋭いメスを当てた刺激的な好著である。
 財政赤字にはむろん歳入と歳出の両面が関係をもっている。日本経済の場合にも、石油危機以後の成長率の減速が税収の伸びを小さくした反面、高成長期につくり上げられた財政支出の構造が支出規模の年々の拡大を避けられないものにしている。これにともなって一般消費税の導入などによる増税が日程に上されてきたことは周知の通りであるが、本書での著者の中心的な主張は、むしろ現在の財政支出の構造自体の改革に目を向けなければならないということである。ケインズ派の経済学では財政支出は主として総需要管理のための手段と見なされてきたが、本書では財政の公共便益産出効果に着目して諸支出の合目的性を根本的に問いなおそうとしているところに視点の新しさがある。その意味において、財政投融資をも含めた現在の財政支出の不合理性と浪費とを具体的に摘発している第2章はこの本の白眉といえる部分である。また、予算編成における政府の意思決定プロセスを取り上げた第6章は予算改革の政治学に接続する分野への貢献であって、ここでは著者の「増分主義モデル」の実証という形で、今日の財政危機を招来した過去の慣行を説明するにとどまっているきらいはあるが、そうした研究をふまえながらも、著者があえて財政再建の手段として「あらゆる施策を例外なしに時限措置とする一般法(サンセット法)の制定」を主張しているのは、それだけに格別の重みをもつというべきであろう。
 なお、本書の主題とは必ずしも直接のつながりをもたないが、第4章に含まれている「地価インデックス債構想」は卓抜な政策提案として論議を呼ぶに値しよう。こうした発明家的能力は、わが国の今後の論壇において大いに尊重されるべきものである。

熊谷 尚夫(大阪大学名誉教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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