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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1980年受賞

谷沢 永一(たにざわ えいいち)

『完本 紙つぶて』を中心として

(文藝春秋)

1929年、大阪府生まれ。
関西大学文学部卒業。
現在、関西大学文学部教授。
著書:『牙ある蟻』(冬樹社)、『読書人の立場』(桜楓社)、『読書人の園遊』(桜楓社)など。

『完本 紙つぶて』を中心として

 この賞の設立当初の主旨によると、ゴマンとある出版社や新聞社の賞がとりあげそうな作品はなるだけ避けて、あまり世間に知られないか優遇されることのない秀作を顕彰することが大方針の一つであった。また、審査員諸氏の独断、偏愛、ゴリ押しの熱狂は大いにこれを歓迎したいというのも大方針の一つであった。
 谷澤永一氏『完本 紙つぶて』は出版当時(1978年)、あちらこちらで拍手、歓迎、好評であった。それ以後、書評をまとめて単行本にしたり、読書対談などが盛大な流行を見るようになったが、書評集が読書の大きな愉しみであり得ることを読書子に教えたこの本の功績は大きいし、ユニークである。ズバズバと直言を憚らぬその舌鋒は右を見たり左を見たりしてへっぴり腰で批評を書いたり、権威に弱かったり、おつきあいの人情に流されたりして書く書評などにうんざりしていた読書子に稀れに胸のすく思いを味わせた。書評集として精緻な書誌学の要素を導入した点も評価されるべきだとの声もあった。
 見かけの文運隆昌にもかかわらず現在の日本の知的フィールドにはフェアプレイの直言の背骨がなくて、私的な場で耳うちでしか率直な意見が聞けないという、まるで専制下の無告の民のような臆病がはびこっている。その空気の混濁に肌を切る清涼の外気をいささか手つきは乱暴だけれど導入した著者のこの本とそれ以後の評論活動は賞揚されて当然であろう。しかし、昨今この著者はハズミがつきすぎてあちらこちらに安易に書きすぎるとの声も、審査の席のあちらこちらで聞かれた。民の声は神の声。好漢、自重されよ。

開高 健(作家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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