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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1980年受賞

小泉 文夫(こいずみ ふみお)

『民族音楽研究ノート』を中心として

(青土社)

1927年、東京都生まれ。
東京大学大学院美学・美術史科修了。
インド政府給費留学生としてマドラス市カルナータカ大学等に留学。米国ウェスンヤン大学客員教授等を経て、現在、東京芸術大学教授。
著書:『日本伝統音楽の研究』(音楽之友社)、『音楽の根源にあるもの』(青土社)

『民族音楽研究ノート』を中心として

 洋楽百年の歴史のなかで日本人が西洋音楽の受容と研究に費してきたエネルギーには目を見張らせるものがある。その結果今や日本は世界有数の音楽大国であり、西洋音楽の一大市場である。にも拘らず日本人の音楽生活には何かが欠けているのである。
 昭和33年『日本伝統音楽の研究』を世に問うた小泉文夫氏は、西洋音楽こそが手本であり、唯一のすぐれた音楽であるとする戦後の風潮のなかにひとつの爆弾を投じた。日本の伝統音楽が西洋音楽とは異質な、しかしそれに劣らないすぐれた構造と美的価値を持つものであることを強く主張して氏は立ち上ったのである。氏の論拠は、音楽を単なる技術としてとらえるのではなく、音楽のうちに深い人間の生き様を見い出そうとするところにある。
 氏は世界のすべての民族がそれぞれ固有の音楽を持ち、その価値を主張しうるものであることを世界的視野に立って証明するために、地の果て、海の彼方へと音楽する人間を求めて旅し、至るところで現地人のなかに住みこみ、学習し、調査し続けていた。その情熱、努力そして深い思索には驚嘆のほかない。氏はこれらの音楽調査活動の成果を数限りない民族音楽レコードの製作、放送番組による啓蒙、また雑誌論文の形で発表し続けてきた。同時に、氏はまた戦後の日本の音楽学研究と音楽教育の在り方に鋭い批判の目を向け、東京芸術大学を中心に多くの若い民族音楽学研究者を育てる一方、文部省を動かして学校教育のカリキュラムのなかに日本の伝統音楽や民族音楽を取りいれることの必要性を認めさせる原動力ともなった。
 以上のように小泉氏は日本における民族音楽学の育ての親であると同時に、明治以後の日本の洋楽中心の偏った音楽の見方を修正するのに大きい功績を果してきたといえる。
 近年氏の数多くの雑誌論文等が編纂されて『民族音楽研究ノート』ほか数冊の形で世に出た。これらの書物では実証に基づいた氏の主張の強さ、視野の広さ、知識の豊かさが遺憾なく発揮されている。
 今回の選考においては、氏の最近公刊された書物のみならず、その民族音楽学研究者としての先駆者的活躍全体に対して高い評価がえられた。なお従来音楽の学問研究が顕彰される機会が殆んど無かっただけに、小泉氏の書物並びにその音楽学者としての活動に対する今回の受賞は特に意義深いものといえるであろう。

谷村 晃(大阪大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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