活動詳細
福島県 浪江町 2026年受賞
請戸芸能保存会
人々の心をつなぐ、民俗芸能「田植踊」の保存・継承
受賞時代表:佐々木 繁子 氏
2026年10月更新
太平洋に面した福島県浪江町請戸。古くから漁業で栄えたこの地には、千年以上の歴史を持つ苕野神社が海のそばに鎮座し、毎年2月に行われる安波祭で、海上安全・豊漁・豊作を祈り「田植踊」が奉納されてきた。
田植踊は、田植えの様子を模した構成で、色鮮やかな花笠をかぶった踊り手たちが、太鼓や唄に合わせて舞う。東北地方の他地域でも伝承されているが、請戸の田植踊は、特に踊りの振付が華やかだと評する専門家もいる。
元々は地元の青年団が継承してきたが、継承を確かなものにするため、1965年に「請戸芸能保存会」が設立された。1980年代になると、請戸地区の小学4~6年生の女子児童が中心となって踊りを担うようになった。
しかし東日本大震災の津波により、請戸地区は壊滅的な被害を受ける。苕野神社の社殿は全壊流失し、踊りの衣装や道具も全て失われた。その後、地区の大部分は災害危険区域に指定され、半永久的に居住が不可能となり、保存会メンバーや踊り手の子どもたちも各地での避難生活を余儀なくされた。
そんななか、当時保存会副会長を務めていた佐々木繁子氏は、震災直前の安波祭で田植踊を披露した子どもたちに、祭りの写真を渡せていないことを悔やみ、新聞を通じて写真提供を呼び掛けることにした。これを見たいわき市の神社の宮司から、いわき市で行う復興公演への出演依頼があった。子どもたちからは「また踊りたい」と声があがり、佐々木氏の避難先などでは、衣装や道具の制作を無償で援助してくれる人も現れた。多くの人に背中を押され、被災5か月後の2011年8月に公演を実施。被災により地元を追われた福島県内の民俗芸能団体の中では、震災後最も早い公演であった。これを機に、保存会として「慣例よりも、伝統芸能を絶やさず続けていくことが何よりも大切」と考え、それまで踊り手の資格となっていた年齢・居住地の制限をなくした。
現在、保存会には小学2年生から60代まで22人の踊り手がいる。請戸出身で今は他地域に暮らす人や、県外の公演で踊りを見て心を動かされた人などで構成されており、居住地も福島県内を中心に、東京や新潟など様々だ。
踊り手たちは離れて暮らしているため、普段は踊りの録画映像を観て自主練習を行っており、公演の連絡が入ると各地から駆け付け、前日に全体練習を行い、本番に臨む。保存会の活動としては、2011年から2026年の間に県内の仮設住宅等で、70回以上の公演を行い、現在は社殿が再建された苕野神社での安波祭に加え、県外などでの公演も続けている。
かつて住宅が建ち並んだ苕野神社の周辺は、今も更地のままだ。大きく姿を変えてしまった地域で、請戸の田植踊は、請戸を思う人たちの「ふるさと」となり、多くの人々の心をつないでいる。




