サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > サントリー地域文化賞 > 地域別受賞者一覧 > 近松伝承をいかすまち 長門

サントリー地域文化賞

活動詳細

中国・四国

山口県 長門市 2002年受賞

近松伝承をいかすまち 長門
近松門左衛門の出生伝承をもとにした官民あげての演劇と文化のまちづくり

代表:藤田 平二 氏

2002年7月更新

写真
ながと近松実験劇場「下関猫魔達」

 山口県北部、日本海に面する漁業の町である長門では、昔から人々の間で、近松門左衛門生誕の地であるとの伝説が語り継がれてきた。昭和初期には「近松翁の碑」や「近松座」を名乗る芝居小屋が建てられ、現に近松の生まれ育ったといわれる集落も存在する。一方、地元の赤崎神社には、「楽棧敷(がくさじき)」という野外劇場を備えた神社があり、400年の昔から、疫病退散を祈願して毎年「楽踊り」を奉納してきた。国から「重要有形民俗文化財」に指定されている「楽棧敷」は、古代ギリシャの円形劇場にも似ている。ここで幼い頃の近松も「楽踊り」を見物していたとの話も、いまだに語り継がれている。近松伝説の真偽は定かではないが、古老の間では今日でも近松に関する歌が歌い継がれるなど、市民の心の中で近松出生伝説は文化のよりどころとなってきた。

 長門市では、この伝承に着目して、「近松のまち長門」を全国に向けてアピールしようと、学識経験者や地元関係団体の協力をもとに実行委員会を結成し、1994年に「近松祭in長門」を開催した。赤崎神社でのコンサートを皮切りに、地芝居公演、近松作品の映画鑑賞会、人形劇による「子供近松劇場」、ドナルド・キーン氏らを招いての講演会「西洋から見た近松の世界」など内容は盛り沢山である。ともすれば一般の人々からは敬遠されがちな古典芸能を、様々な角度から紹介したこのイベントに、人口2万人あまりの町に、普段は想像できない数多くの人々が詰め掛けた。「近松祭」は以後毎年開催され、歌舞伎や、文楽、狂言など本格的な芸能の定期公演を実施している。小学生を対象とした狂言体験教室では、野村萬斎氏が講師を務めるなど、一流の役者との交流も行われている。また、地元温泉街に伝わり衰退に瀕していた「俵山女歌舞伎」を、保存し将来に継承していくため、浄瑠璃教室による後継者の育成や、近松祭での公演の場を提供している。さらには一般市民による太鼓オーケストラ「翔門」の結成など多彩で活発な活動を展開している。

 近松伝承を活かしたまちづくりの取り組みが評価され、2000年3月には、山口県が長門市に文化施設「ルネッサ長門」を建設した。観客席800席、廻舞台や花道もある、本格的な設備を備えた劇場は、長門市だけでなく、周辺自治体も含めた地域の舞台芸術の中核施設となっている。ここでは、近松作品を現代劇風に上演する「ながと近松実験劇場」も行われている。現在上演されていない戯曲を掘り起こし、現代の世相に合わせてアレンジした近松作品に、一般公募で選ばれた市民がプロの俳優とともに挑むもので、評判も高く、時には他地域での公演にも出かける。

 漁業の町であった長門が、近松の生誕から300年以上を経た現代、伝承を活かしたまちづくりによって、あらたに舞台芸術の中心地として生まれ変わりつつある。

サントリー文化財団