活動詳細
茨城県 土浦市 1987年受賞
土浦 歴史と自然のふるさとづくり
住民のネットワークで出版・自然保護など質の高い新しいタイプの地域活動を創造
代表:佐賀 進 氏
1999年11月更新

土浦の歴史と自然
この町をつらぬく堀江長くして
ゆくゆくも見る白き藻の花
詩人窪田空穂が歌った大正期の土浦は、霞ケ浦の景観も美しく、江戸庶民文化の残照を長く留める町であった。ところが、近代化のほんのわずかな時の移ろいに土浦の町も大きく変容した。
土浦に住む医師、佐賀進氏は昔日の土浦の町並みや生活の様子を子どもや孫に伝えよう、と克明に記憶を辿って絵に表わした。佐賀医院を訪れる患者さんたちは氏の絵に郷愁を感じ、診察中にも昔のことをポツポツと話すことが少なくなかった。氏の子息で同じく医師でもある純一氏はそういった患者さんたちの話に興味を覚え、往診鞄の中にテープレコーダーを入れ、鳶職人、瓦葺師、芸者、船頭、馬車曳き、紺屋、髪結…など、あらゆる職業の人の日々の生活の様子を微に入り細にわたり、聞き始めた。
こうして続けられた活動の成果は、『スケッチで綴るふるさと土浦』(1974年刊)、『絵と伝聞・土浦の里』(81年刊)として、出版されるに至った。とりわけ、『絵と伝聞・土浦の里』は、61業種にわたる様々な職業の83人の素朴な語り口と、進氏の水彩画150枚、土浦全域にわたる2枚の地図が収められ、郷土資料としてだけでなく、日本の庶民の生活を知るうえでも貴重な書となっている。
同書の出版に尽力した地元の筑波書林は、厳しい出版状勢の中で「いま茨城の大地にペンの鋤を入れる」と宣言。「茨城の大地と人間が織りなしてきた事柄を記録によって耕したい」という「ふるさと文庫」創刊の趣旨は、まさに佐賀親子の活動の動機と根を同じくするものである。
『土浦の里』は、英訳され、国際出版文化賞を受賞、外国人記者クラブ最優秀図書に選ばれた。フランス語、ドイツ語にも訳され、海外の日本研究家から高い評価を得、プリンストン大学、オタワ大学など各地の大学で、日本文化研究のテキストとして使用されている。
純一氏は1971年に、政冶ぬき、企業協賛ぬき、拘束ぬきを原則にする「土浦の自然を守る会」を設立し、霞ケ浦の水質汚染問題や土浦に流れる桜川の自然公園化などに対し、建設的な提案を行った。会員の自発的な参加を促した新しい形の市民運動としても注目された。その後、純一氏は会の活動からは離れたが、『霞ケ浦風土記』『戦火の記憶』『歓喜天の謎』など旺盛な執筆活動や講演活動を通じて、土浦の自然と歴史を語りつづけている。




