活動詳細
京都府 京都市 1987年受賞
高橋 美智子氏(個人)
京都府下全域のわらべ歌をコツコツと採譜、合唱団活動によって普及・保存に努める
1999年11月更新

指導する高橋美智子氏(右端)
京の京の 大仏つぁんは
天火で 焼けてな
三十三間堂が 焼け残った
アラ どんどんどん
コラ どんどんどん
うしろの正面 どなた
「千年の都」京都には、四季折々の生活や事件を、“はんなり”した京ことばで詠みこんだわらべ歌が数多く残っている。親から子、子から孫へと歌い継ぎ、薫り高い都の文化によって洗練されていった京都のわらべ歌は、全国のわらべ歌の中でも秀逸のものであり、これらは京都と地方を結ぶ街道を通じて全国に流れていったので、京都は日本のわらべ歌の源泉ともなっている。
生粋の京都人であり声楽家である高橋美智子氏が、わらべ歌に心惹かれ、町のお年寄達を訪ね歩いて正確な歌を譜面に書き留める活動を始めたのは、昭和30年代のことであった。
活動を続けるうちに、独特のニュアンスで京都人の心を伝える本物の京都のわらべ歌が、このままでは失われてしまう貴重な文化財であることに気づいた高橋氏は、自らの手でこれを子供達に伝え残そうと、本格的な活動に取り組んだ。
以来多年にわたって、テープレコーダーを手に京都市内及び、京都府下のほぼ全域を調査。お年寄達の心を開き、古い記憶の中から引き出したわらべ歌は千曲をこえる。すべての曲のメロディと歌詞を五線紙に写し取り、その遊び方も記録、また文献等によって歌の発祥や由来、当時の生活習慣も調べ、京都のわらべ歌の正統な姿とその全容を初めて明らかにした。
一方で高橋氏は、氏の本来の活動の一つである児童合唱団の指導において、氏が採譜したわらべ歌やわらべ歌遊びを団員の児童に教え、それらを広く発表してきた。子供達は氏の教えるわらべ歌遊びを喜んで受けとめ、多くの大人達が合唱団の歌によって、なつかしい記憶とともにわらべ歌を思い出した。
わらべ歌は、人々の生活や思い出、人生そのものに密着しているので、これらの活動は、氏個人のアイデンティティだけでなく、地域のアイデンティティをも表現するものと言えよう。氏の長年の努力によって、今日ではわらべ歌の真の価値が地元の人々にも広く認識され、ビデオによる保存など、わらべ歌を未来に生かす努力が進められている。1989年、その努力が認められ第1回京都府あけぼの賞を受賞、97年には厚生大臣表彰を受けた。




