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サントリー地域文化賞

活動詳細

中部

愛知県 豊田市 1986年受賞

足助 ロマンの町づくり
山村生活の知恵と歴史的町並みをいかしたふるさとづくり

代表:水野 五郎 氏

1999年11月更新

写真
三州足助屋敷で働く炭焼き職人

 古くから、街道は生活の糧と文化を運んだ。尾張・三河と内陸信州を結ぶ伊那街道は、中山道の脇往還として賑わうとともに、塩の道としても名を馳せた。街道の要衝、三州足助の宿には諸国の物産が集散し、殊に三河湾沿岸産の塩は足助で山荷に整えられ、馬方衆(中馬)の手で信州方面に送られたため、「足助塩」と呼ばれる。しかし、明治以降の鉄道と工業化の波は、往時の足助の繁栄を奪っていく。特に戦後の高度成長期を通じて、急激に過疎化が進行する。町の将来を憂えたリーダーたちは、愛知高原の美しい自然と塩の道の歴史を有する足助の活路を観光に見出そうとした。

 1964年、「観光とは町の顔と心であり、町の文化そのものである」と信じる水野五郎さんを中心とする五人衆の手で開業した民芸料亭「一の谷」が、その塙矢となる。挙家離村した民家10棟を綿密なプランのもとに移築、郷土料理にも工夫を重ね、独立自営の観光事業を切りひらく。

 75年、町の有志65人が集まり「足助の町並みを守る会」が発足。専門家の手を借りた町並みの実態調査、保存・修景に関する研究、解体寸前の歴史的建物の買取り運動等を展開する中で、住民の間にも町並み保存の思想が浸透。町並み保存を契機として、生活や産業の将来に対する関心が高まり、“保存という名の開発”が地域づくりを賦活した。

 80年、こうした町づくりの土壌の上に、明治期の庄屋屋敷を再現した「三州足助屋敷」が創設された。機織り、炭焼き、紙すき、桶づくり等の手仕事をお年寄の手で復活・再現し、明日に伝えていこうというものである。そこには職人と訪れる人とのふれあいがある。単なる民芸展示館とは異なり、山里のしたたかな暮しに学ぶ生きた生活館といえる。98年には、アジアの知恵と工夫に満ちた手仕事を通してアジアを考え日本を見つめ直す「アジア交流館」もオープン。足助屋敷は、年間10万人以上の人が訪れる足助の町づくりのシンボル的存在となっている。

 三州足助屋敷の存在は、観光はもちろん伝統産業・文化への刺激、お年寄に対する仕事と生きがいの場の提供等、足助の経済と文化に、はかり知れない貢献をなした。町づくりへの取り組みは、その後も着実に進められ、90年には高齢化社会に対する独自の試みとして、老人福祉センターと元気なお年寄りが働く場であるハム工房・パン工房、レストラン、ホテルなどの多機能複合施設「百年草」がオープン。93年には、町民も発掘調査に参加した戦国時代の山城「足助城」が400年の時をこえて蘇った。

 「人々の 夢をおこして
    山の輝やきが いま甦る
 われらが足助に
    川のあたたかさが いま宿る」

 “地域文化こそが過疎を救う”という足助の人たちの願いと自負は、持ち前の独立自助の精神と相まって、足助の町づくりの壮大なロマンを一歩一歩、現実のものとしていくであろう。

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