活動詳細
滋賀県 長浜市 1984年受賞
長浜曳山祭(受賞時は「長浜曳山祭保存会」)
老若力を合わせて、伝統的な祭を地域文化とコミュニティの核として保存・継承
代表:吉田 精一 氏
1999年11月更新
滋賀県の長浜では正月三箇日が明けると曳山祭の準備が始まる。2月1日には雪を踏んで八幡宮での「初寄り」があり、祭礼執行の正式な手順へと突入して行く。そのあと、古来より伝わるタイムスケジュールに従って稽古や諸行事が行われ、湖北の春を満開の桜に劣らず華麗に彩る長浜曳山祭が、4月13日から16日まで展開されることとなる。
その昔、長浜城主となった秀吉が、男子出生を自ら祝って金子を町に与えたが、それを基にして12の曳山が建造された。1760年頃には長浜の経済は興隆を極め、曳山祭はますます華麗となり、それぞれの山で子ども芝居が奉納上演されることとなった。
現在も、大は200世帯から小は30世帯の山組が、それぞれ誇りと連帯意識を持って山を維持している。祭典委員として祭りを取りしきり警固にあたる「中老」や、祭りの実施部隊である「若衆」、それに「役者」「舞台方」「囃子方」「三役」などの各々の役の分担が確立され、祭りを盛り上げていく。
芝居を演ずる曳山を持つ祭りは、長浜を中心に湖北から北陸にかけて各地に現存するが、この長浜八幡宮の曳山祭は、華麗さと規模の大きさで、冠たるものがある。
現在、12の山組のうち毎年交代で4組が、それぞれ演目を選び、独自の子ども芝居を演じているが、選ばれた「役者」と黒子役の「舞台方」の子どもたちのあどけない姿と、これを支え育てる慈愛に充ちた大人たちの間に、心の通い合いが生まれて、あたたかい町づくりがなされている。
また、祭りの次第を知らせ雰囲気を盛り上げる「しゃぎり(祭り囃子)」は、これまで「若衆」が担当していたが、今日では子どもたちの手に委ねられている。「しゃぎり保存会」が出来て囃子が音譜化され、小学生から中学初年までの子どもが常時200人入れ替わりこれに参加して、「若衆」の指導で毎週練習に励んでいる。男子のみに限られていたこの祭に、昨今では女子も「後山(あとやま)」に参加するようになったが、これらは子どもたちに対する芸の心を通じての情操教育として成果を上げ、学校教育にも組み入れられることとなった。
時代の変遷とともに、経済上の問題、曳山の修理保存の問題、後継者不足など多くの困難をかかえながらも、古来の伝統を維持するなかで、歴史と共に培われたコミュニティが市民の間に誇りを持たれて定着しており、また老若力を合わせて地域文化の昂揚に努め、それが大きく花開いていることには感銘を禁じ得ない。






