• サウザ家3代にわたる職人魂が生んだ 正統派のスタイリッシュ・テキーラ An artisan spirit, three generations サウザ家3代にわたる職人魂が生んだ 正統派のスタイリッシュ・テキーラ An artisan spirit, three generations

フレッシュでスムーズ
無垢な味わい
フレッシュでスムーズ 無垢な味わい TEQUILA SAUZA BLUE

ブルーアガベを100%使用した正統派
新鮮なブルーアガベのみを使用
ストレートで味わえるワイン感覚のテキーラ
カクテルがスタイリッシュに生まれ変わる

ブルーアガべ ブルーアガべ

ブルーアガべ テキーラの原料は英語でBlue Agave(ブルーアガベ)、原産地メキシコではMaguey(マゲイ)もしくはアガベと呼んでいる。正式にはアガベ・アスール・テキーラーナ・ウェーバー。サボテンと間違われやすいがアロエに近い竜舌蘭(リュウゼツラン)の一種である。
原料として使われるのは葉の部分ではなく地下茎の直径70〜80cm、重さ40kg前後まで育った球茎で、巨大なパイナップルのような形からスペイン語の「ピニャ」と呼ぶ。
ピニャが良質であるかどうか、それがテキーラの品質に大きく影響する。
原料の使用割合によってはテキーラはブルーアガベ100%とミクスト(Mixtos)のふたつのカテゴリーに分けられている。ミクストはブルーアガベを51%以上使用し、残りはサトウキビの糖蜜や砂糖、ブドウ糖などで補糖したりする。ただしミクストであるサウザ シルバーやゴールドはメキシコ産トウモロコシを使用しており、他社とは異なる高品質なテキーラにこだわりつづけている。

CASA SAUZA メキシコの地酒を世界のスピリッツへと高めた名門、サウザ家 CASA SAUZA メキシコの地酒を世界のスピリッツへと高めた名門、サウザ家

  • ドン・セノビオ・サウザ Don Cenobio Sauza 1842 - 1903 ドン・セノビオ・サウザ Don Cenobio Sauza 1842 - 1903
  • ドン・エラディオ・サウザ Don Eladio Sauza 1883 - 1946 ドン・エラディオ・サウザ Don Eladio Sauza 1883 - 1946
  • ドン・フランシスコ・ファビエル・サウザ ドン・フランシスコ・ファビエル・サウザ

創業者は、
スピリッツ「テキーラ」の父
創業者は、スピリッツ「テキーラ」の父

メキシコはハリスコ州グアダラハラ市近郊のテキーラヴァレーにサウザはある。創業者はドン・セノビオ・サウザで、創業は1873年。
セノビオは15歳の時から働き、アガベの栽培や蒸溜を学び、30歳を超えて間もなく独立した。彼は現在につながる新しい製法や設備を導入していく。ラベルには初めて“テキーラ”と記したのもセルビオである。
それまでアガベから作る蒸溜酒は全てメスカル(Mezcal)と呼ばれていた。創業の年、蒸溜仕立てを早速ボトリングし、テキーラ・ラベルを貼り、アメリカのニューメキシコ州で開催された酒類コンペティションに出品する。つまり1873年はテキーラ、そしてサウザ シルバーが誕生した年であり、さらにはテキーラが初めて他国へと渡った記念すべき年である。彼はたちまちにしてメスカル業界に革命を起こした。
現在のセノビオは“テキーラの父”と呼ばれている。

サウザの基盤を固め、
テキーラ原産地呼称制を疵き築く
サウザの基盤を固め、テキーラ原産地呼称制を疵き築く

1903年に後を継いだのが息子のドン・エラディオ・サウザ。
彼は蒸溜所を拡大、改装し、テキーラ サウザの基盤を固めていく。
メキシコでは樽売りが一般的であった時代に瓶詰めによる販売を拡大させたのは彼の功績だ。そしてヨーロッパにもテキーラを輸出するようになる。2代目のエラディオは現在までつづく名品、サウザ ゴールドを誕生させてもいる。3打目はエラディオの息子 ドン・フランシスコ・ファビエル・サウザである。1946年に社長に就任。彼こそが海外の販売拠点を拡大させ“世界のサウザ"へと名を高め、自社製品のみならずテキーラというスピリッツを世界に認知させた男である。
ファビエルの偉大さは、1974年にメキシコ政府へ働きかけてテキーラの原産地呼称制を成立させたことだ。
当時、世界各地でテキーラの模造品がつくられ、イメージダウンにつながる懸念があった。テキーラブランドの高い品質を守らなければならない。彼の強い信念がなかったならば原産地呼称は結実しなかった。
これによりメキシコ政府機関がテキーラを管理することになり、規定に即したものだけがテキーラを名乗ることができるようになった。

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