Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ビーフィーター

ビーフィーター
47度
3/4
ライムジュース 1/4
シュガーシロップ 1tsp.
シェーク/カクテルグラス

ライムは貴重だった

シャープでスイートと言うべきか。ドライのようでスイートと言おうか。ドライジンのキレ味にライムジュースの酸味とほのかにシュガーの甘味が溶け込んでいる。それが「ギムレット」だ。

夜の幕開きにふさわしい味わいであり、煩雑な一日に溜まった疲労感を忘れさせ、気分をすっきりとさせてくれる。また醸造酒を飲みながらの食事のあと、口中をさっぱりさせるのにもいい。次の酒に上手く誘ってくれる。

ただし、これは現在の味わいの表現である。まずフレッシュなライムジュースを多くのバーで使うようになったのは、おそらく1980年代に入って少し経ってからなのではなかろうか。あるいは、一般化したのは90年代になってからのことかもしれない。

とくに1970年代まではライムの果実は稀少品であり、高価だった。あるベテランバーテンダーの話によると、レモン1個が120円〜130円くらいの頃に、ライムは1個500円くらいしたそうだ。しかも高級なフルーツショップに1個1個きちんとラップされて売られていた。

簡単に入手できず、町のバーで700円とか750円でジントニックを出していた時代に、1個500円のライムをいまのように搾ってサービスすることはできない。日常的に使えたのは海外からの客が多い高級レストラン・バーやホテルバーに限られていた。

これもあるベテランバーテンダーから聞いた話。70年代はじめのこと、その人はまだ駆け出しで修行の身だった。ある夜、常連のお客さんが貴重品を扱うような仕草で「美味しいカクテルをつくってくれ」とチーフバーテンダーに手渡したのが白いハンカチにくるまれた1個のライムだった。チーフは大切そうにライムを搾り、その客のために気持ちを込めて何杯かのカクテルをつくった。

白いハンカチから顔をだしたライムの鮮やかな緑色、チーフの気が入った仕事ぶり、常連客の満足そうな顔は忘れられないそうだ。

かつてはライムを使ったほうがいいカクテルでも、レモンで代用することがあったらしい。さらにはレモンパウダーなんてものもよく使われていた。カクテルブックに好みでレモンまたはライムを搾り入れると記載されているもののなかに、レモン代用時代の名残ではなかろうかと思えるカクテルがある。

ギムレットには早過ぎない

ではその昔の「ギムレット」はというと、プリマスジンにコーディアルライムというレシピがよく知られていた。

プリマスジンはイングランド南西部、イギリス海軍の軍港であるプリマスでつくられる香りが強く、ほのかに甘いジンのこと。

コーディアルとはもともとイギリスでハーブをアルコールに浸漬した飲み物のことだったが、それが甘いフレーバーを纏った(多くは人工的)ノンアルコール飲料を指すようになったらしい。

よって薄い緑色をした甘いカクテルだった。いまジンはドライジンになり、コーディアルライム(加糖したシロップタイプ)を使うバーもすくなくなった。もしかして大衆居酒屋で焼酎ライムに使っているところは多いかもしれない。

このカクテルは可哀想なところがある。レイモンド・チャンドラーが1953年に発表した『長いお別れ』というハードボイルド小説に登場したために、いまだになんやかやと語りつづけられているからだ。

この中に“ギムレットには早過ぎる”とか、“ローズのライムジュース”がなんたら、といったセリフが登場する。

イギリスのローズ社が生んだコーディアルは日本に正規輸入されていないため、なかなかお目にかかれないが、プリマスジンとこれを使ってつくった「ギムレット」を『長いお別れ』を引っぱりだして語る人が多い。本を読んだこともなく、そのレシピで飲んだことのない人までなんやかやと。

1990年代はじめ、あるベテランバーテンダーにローズ社のものでつくっていただいたことがある。意外だった。甘さがすっきりとしていて酸味がほどよく、口中を心地よく滑っていった。何故ですか、と聞いたら、ジンはもちろんドライジンを使い、コーディアルを減らし、フレッシュライムジュースを足してあるとの答えが返ってきた。さらに「アレンジしていかないと、時代に合わない味のまま終わっちゃうから」とおっしゃった。

そのときわたしは、酒の味わいは時代とともに変わっていくものなのだ、と実感したのだった。

ローズ社のライムジュースにケチをつける気持ちはない。チャンドラーの小説とともに「ギムレット」を有名にした功績は讃えるべきである。ただ、フレッシュなライムが入手できなかった大昔に生まれた味わいを、いまどうのこうのと語ってもしょうがない、とわたしは思っている。

そろそろ『長いお別れ』とお別れしてもいいのではなかろうか。「ギムレットの歴史を知らない奴が増えた」とおっしゃる方もいらっしゃるだろうが、そういう時代もあった、ということでいいのではなかろうか。

わたしは年に数回、昼間にホテルのバーで「ギムレット」を飲むことがある。そのときいつも「ギムレットには早過ぎない」と呟いている。つまりは『長いお別れ』に登場するテリーを意識している訳で、正直に言えば、自分自身が早くお別れしなければならない。

シトラス&クールな正統派ロンドンドライジン、ビーフィーター47度にフレッシュライムジュース、1ティースプーンのシュガーシロップ、これをシェークするのがいい。さよなら、チャンドラーさん。

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第10回「ボンドとデュークス・バー」ビーフィータージン

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 川田雅宏
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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