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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2012年度

ハンガリーと日本の文化「交流」史-世紀転換期の文学を中心に

東京大学大学院総合文化研究科 博士後期課程
岡本 佳子

● 研究の動機と目的

 ハンガリー文学、とりわけハンガリーの舞台芸術作品は今日の日本ではあまり馴染みのない存在である。しかし100年ほど遡れば、モルナールを初めとするハンガリーの劇作家が人気を博し、日本でしばしば翻訳上演が行われていた時代があった。逆に日本の美術や音楽、さらに日清・日露戦争後の国家イメージも、レンジェルのようなハンガリーの作家たちに多大なインスピレーションを与えていた。本研究が対象とするのはこのようなハンガリーと日本の文化「交流」てある。ここでは「交流」という言葉を、既に先行研究で取り組まれている実際の外交や人的交流に関してだけではなく、文学における翻案・翻訳といったより広い意味での影響関係に対して敢えて用いている。それによって、これまで断片的にしか言及されてこなかった両国の文学上の影響関係を包括的に捉え、さらに作品分析と実証研究によってそれぞれの成立過程と背景を追っていくことが本研究の目的である。


● 研究で得られた知見

 2013年度に主に得られたのは、ハンガリーにおける日本イメージとその受容についての知見である。とくにレンジェルの『台風』という、1909年のブダペスト初演を皮切りに世界各地で上演された戯曲について調査を行ったところ、演劇だけではなく、やや時代は下るもののハンガリー人作曲家のサーントーによってオペラ化も行われるなど、当時大変好評を博していたことがわかった。
 しかし一方で、例えば思想家で当時演劇青年であったルカーチの目には、このような劇作品は大衆受けのための軽薄な娯楽として映っていた。レンジェルもサーントーも、ルカーチや作曲家バルトークらの同時代人ではあるが、理想とする作品像にはかなりの隔たりがある。もちろん様々な作風があるのは当然のことではあるが、それでも『台風』の反応によって、当時のブダペシュトでの演劇界での立ち位置がはっきりと明らかになっている。『台風』におけるショッキングな日本像は、やや暴力的で大衆受けのする、華やかな演劇を象徴するものであったのではないか。


● 研究の進捗状況と成果

 研究対象について若干の修正を行いつつも、全体として本研究の進捗状況はおおむね順調に進んだ。

1. 資料収集状況と意見交換等

 ハンガリーに2週間ほど滞在し、資料調査を行った。エトヴェシュ・ロラーンド大学人文学部の梅村裕子教授やハンガリー科学アカデミー音楽学研究所のヴィカーリウシュ教授らからの助言を受け、ブダペシュトの国立セーチェーニ図書館において日本をモチーフにした作品(劇作品、オペラ、器楽作品等)や日本に関する書籍の収集を行った。また、日本文化論をハンガリーの雑誌に発表していた永井威三郎について、日本大学生物資源学部の井上弘明教授から助言を受けた。

2. 研究成果の発表

 以下の通り、永井威三郎に関する口頭発表のほか、本研究に関連のある論文(レンジェル『台風』に関する記述あり)を発表した。
【口頭発表】
岡本佳子「農学者永井威三郎の日本文化論――『二十世紀』と『西方』から」東欧史研究会2013年度第2回例会、2013年6月8日、大正大学(東京)。
【論文】
岡本佳子「演劇活動の「自己評価」としての評論――初期ルカーチにおけるターリア協会と『近代演劇発展史』の関連について」、『超域文化科学紀要』第18号、191-206頁、2013年11月。
―――「神秘劇をオペラ座へ――バルトークとバラージュの共同作品としての『青ひげ公の城』」、博士論文、東京大学大学院総合文化研究科、2014年3月。


● 今後の課題

 今年度前半での研究(ハンガリーにおける日本像)は比較的順調に進んでいたものの、後半ではハンガリーで収集した資料の読み込みに時間を要したため、日本におけるハンガリー像に関して十分に調査を行うことができなかった。そのため今後は日本でのモルナールの受容について集中的に調査を行う。さらに既に作業が終了しているレンジェル『台風』についての論文の投稿等、研究成果を発表していくことが今後の課題である。



2014年5月

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