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研究助成

成果報告

2007年度

ロシアの人口減少・労働市場と経済成長
― 日本との対比

大阪産業大学経済学部 教授
大津 定美

 本研究プロジェクトの狙いは「ロシアの人口減少と経済成長」の問題を日本との対比において明らかにすること、それも文献だけでなく現地調査により、地方の労働市場状況に目を配る形で実施する、ことにある。以下では得られた成果の一部を、ロシア全体の状況と2つの地域について知見を記す。

I.ロシア全体の人口不足と労働市場
 ロシアにおける人口の絶対数の減少はソ連崩壊直後の1992年からはじまった。90年代は転換不況で企業倒産と失業増加が続き、また旧ソ連共和国からの「帰還移民」増加と人口サイクル上の「生産年齢人口の増加」で、人手不足は強くは感じられなかった。しかし2000年代に入り、経済成長が軌道に乗り始めると、労働市場の逼迫は経済全体の問題として強く意識されるようになった。人口減少はロシア社会を大きく揺さぶる問題として意識され、各階層・地域で頻繁にシンポジウムや学会が開かれ、種々の対策が提唱されてきた。政府も「家族」「教育」などのテーマの国家プログラムを立ち上げ、その中で「母性資本」、高等教育改革と教員給与の引き上げ、「高齢者再雇用増大プラン」など種々の具体策を打ち出している。しかし、労働市場の状況は地域でかなり異なり、政策の具体化にもきめ細かな配慮が必要である、という事情は日本ときわめて酷似している。我々の研究・調査もロシアの地域への目配りが欠かせない事情がここにある。

II.ロシア極東の場合
  ロシア極東では、総人口が21世紀に入って700万人台を割り、なお毎年10万人弱の減少が続いている。当然人手不足は経済開発の最大のネックになりつつあり、外国人労働力(その多くは中国人と北朝鮮労働者)への依存が強まりつつある。この事情は、ウラジオストック市での科学アカデミー太平洋地理学研究所(バクラノフ所長、研究協力者の一人)からの協力を得、同市移民局や雇用センターなどを訪問し、聞き取りを行った。近年中国からの希望者が減少傾向にあり、他方では地元住民とのあいだの社会的軋轢も強まる、政府の移民制度の見直しで、中国人が多く働く「商業活動」から外国人を排除する(07年4月から)などの動きも、労働市場の需給関係に矛盾する動きが出ている。経済回復がウラジオよりも早いと見られるハバロフスクでの状況は、08年3月に京都で行った研究会でのモトリチ博士の報告でも明らかにされた。人手不足は極東の他の地域にも広がりつつあり、今後その矛盾も拡大するものと見られ、引き続き注目する必要がある。

III.欧州部ロシアの中堅工業都市・ボロネジ
 07年9月実施のボロネジ調査では、雇用センターや統計局で全体の状況、就業構造については主にボロネジ大学経営管理学部の研究者、また成長企業の賃金構造について当市では中核的な企業である「スターリモスト」(大型橋梁設計・建設)を訪問、経営者との面談や聞き取りを実施した。当該地域での雇用問題は、極東やモスクワとは大いに異なる構造になっていることが判明。戦後工業開発により、航空機や重機械などでロシアでも有数の工業都市として発展してきたが、いまもっとも深刻な問題は、設備老朽化とその近代化というハード面での問題と、近代化に必要な高級技術者不足である。モスクワと異なって当該地への技術者の流入はきわめて少なく(地域の労働移動率の低さ)、地域内部で養成すべく高等専門学校や大学への要望が声高に聞こえるが、大学側のこれに対応する変化が緩慢で、労働市場のミスマッチがいっそう強くなりつつある、という事実である。そこで「地域労働市場と人材育成問題」について国際会議が08年6月に催され、筆者も招かれて日本のOJTシステムの発展などについて報告した。短期の問題解決のために、中長期から取り組まねばならないという逼迫した状況が現実で、今後も引き続き、研究協力を約束している。

2008年8月
(敬称略)

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