活動詳細
山梨県 北杜市 1995年受賞
身体気象農場・舞塾
農業の傍ら舞踏を創作し、世界の芸術家と共に毎年野外で公演
代表:田中 泯 氏
1999年11月更新

南アルプス甲斐駒ケ岳の麓に拡がる山梨県白州町。この緑豊かな農村地帯で「農村にこそ芸能の原点があり、農作業での身体の使い方にこそ舞踏の原点がある」と、空き家となっていた農家と休耕地を借り、晴れた日には農業、雨の日には舞踏を行う「晴耕雨踏」の生活をしているグループがある。
世界的に評価の高い前衛舞踏家・田中泯氏をはじめ、人間の身体と自然との関わりに興味をもつ舞踏家、音楽家、建築家、美術家たちが、東京で身体気象研究所を設立したのが1978年。そこから81年に前衛舞踏グループ「舞塾」が生まれ、内外各地で公演を行ってきた。彼らが白州町に移り住み、「身体気象農場」を開いて農業を始めたのは、1985年夏のことであった。
農業については全員が全くの素人。地元の農家に一から教えを請い、わからないことがあるとすぐに近所の農家へ走った。最初の一年間は舞踏そっちのけで、農作業だけに明け暮れた。当初は土地の人たちから奇異な目で見られていた彼らも、近隣農家の手伝いも熱心に行うなど、農業に対する真摯な姿勢が次第に認められ、ともに収穫祭を祝う間柄になった。本格的な無農薬農業を行い、今では4へクタール近くの農地を持つ同町で最大の農家になっている。舞踏家だけでなく、分野や国籍をこえた人々が長期・短期にわたって住み込みで農作業に携わっており、その数はこれまでに300人をこえている。
地元の方々への感謝の気持ちも込め、「メディアを通じての都会の文化のおこぼれではなく、地元から生まれる本物の文化を発信しよう」と、身体気象農場・舞塾が中心となり、1988年から「白州・夏・フェスティバル」を開催。4日間の日程で、農地や神社での公演や作品展示、体験農業など多彩なワークショップを行ってきた。93年夏からは「アートキャンプ白州」と改称、期間も1〜2ヵ月に延長し、共同生活を軸とした創造活動にも取り組んで、1万人の参加者を集めるまでになった。様々なジャンルのアーティストによって野山や休耕田で繰り広げられたパフォーマンスは、白州からの文化発信として大いに話題になった。
1995年には舞踊資源研究所を設立し、古典芸能・民俗芸能から、芸術舞踊、さらには新しく発生する芸能まで、世界のあらゆる舞踊に関する資料の収集をはじめる。これら資料を保存・公開するため、図書館や博物館、宿泊施設、芸能小屋、稽古場など15軒ほどの施設を点在させ、村全体を芸能博物館とするフィールドミュージアムを計画。「村」づくりができる場所を求めて、97年より、山梨県敷島町の廃村寸前の集落で、廃屋となった農家の修復や県内に残る古い建物の移築にあたる。99年5月には各施設の完成にともない研究所の事務所を敷島町に移転している。
舞踊資源研究所に併合される形で「舞塾」は96年に解散し、「アートキャンプ白州」も99年の第12回をひと区切りとして幕を下ろしたが、田中氏を中心に国際共同舞踊作品の制作は続けられている。身体気象農場と舞踊資源研究所という、農作業と舞踊の実践を車の両輪として世界をまたにかける舞踊家たちの活動は、地域からの文化発信のひとつの形としてこれからも目を離すことはできない。




