今回のレシピは、豚バラ肉のカシスとミックスベリー煮です。ベリーは英語ではberryです。berryを翻訳ソフトで日本語訳するとカタカナでベリーと表示されます。もうベリーは、既に一般的な日本語として認識されているようです。私がワインの仕事を始めた1980年代では、「berry」の日本語訳は「漿果(しょうか)」でした。「漿」は、もともとは米を炊いた重湯の事で「とろりとした液体」を指す文字です。果実を植物学的に分類する時に、花の時代に子房の壁だった部分が、果実になった時に乾いている果物は乾果、多肉質で水分が多かったら漿果と対比させました。最近では「漿」の字は漢検1級レベルの難しい文字なので、漿果ではなく液果と表記する事が多いようです。その果実ですが、植物学的には「花の子房からでき、種を含む部分があるもの」というのが定義です。ちまたでは、〇〇は果実ですか?野菜ですか?という「果実か野菜か、どっちか?問題」がありますが、これは絶対に解決しません。植物学的には「野菜」を明確に定義している訳では無いのですが、大体「主に副菜としてもちいられる、低加工や無加工の草本」としています。定義のスタンスが違いますから、必ず両方に跨る物が出てくるのです。統計表を作る人は、分類が曖昧では困りますので、自分が都合の良いように線引きをします。その結果、たとえばいちごは、総務省の家計調査では果物、厚生労働省の国民健康・栄養調査では果実類、農水省は部署で異なり、食糧需給表では野菜、野菜生産出荷統計では果実的野菜と分類されています。さて本題のベリーです。ベリーを、果物の分類で、乾果と漿果とに分けた時の漿果である、と、すると、漿果には、果物のかなり多くの部分が含まれることになります。モモ、ウメ、マンゴー、サクランボ、アーモンド、ブルーベリー、ラズベリー、スグリ、イチゴ、ミカン、リンゴ、ナシ、ビワ、キーウィフルーツ、トマト、マクワウリ、スイカやメロンなどです。でもこれは植物学的に漿果を考えた時の線引きです。一般的にベリーと言われて、皆さんが連想するのは冷凍のミックスベリーに入っている果実達だと思います。ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、カシスとイチゴあたりと、それによく似た形の果実まででしょうね。冷凍のミックスベリーにリンゴやミカンがはいっていたら、ぎょっとしますよね。科学的な分類と一般的な認識は異なる事が良く判る事例です。ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、カシス、ブドウとイチゴの親戚関係を見てみると「一括りにベリーと呼んでいるものの広がり」が判ります。ラズベリー(英語: raspberry)はフランス語ではFramboiseです。そのラズベリーとブラックベリー(英語: Blackberry)は、ほぼ兄弟です。共にバラ類バラ目バラ科キイチゴ属 (Rubus) に属する低木です。両者ともヨーロッパから北米にかけて広く自生しておりますので原産地を特定するのは困難ですが、ブラックベリーの原産地は北米中部だと言われています。蛙の卵塊のように多くの果実が集合して一つの実になっています。熟したラズベリーとブラックベリーは色が違いますからすぐに判りますが、赤い色の時のブラックベリーでも簡単に見分ける方法があります。それは、実を果梗から捥いでみると判ります。果梗と実とを繋いでいるトーラス(torus)という蓋状のものが有るのですが、そのトーラスが実に残るのはブラックベリー、果梗に残るのはラズベリーです。実からトーラスが取れてしまうので、ラズベリーの実には穴ぼこが見えるのです。ちなみにラズベリーの和名はキイチゴで漢字では木苺や西洋木苺です。ブラックベリーの和名はセイヨウヤブイチゴで、漢字では西洋藪苺と表記します。イチゴもラズベリーやブラックベリーと同じバラ類バラ目バラ科ですが属が違っていてオランダイチゴ属ですので、近い親戚だと言えます。ブドウはミックスベリーには、普通、入っていませんが、バラ類ブドウ目ブドウ科です。類は一緒ですが目が違っていますので、かなり遠縁の親戚と言ったところです。更に遠いのはブルーベリーです。ブルーベリー(英: blueberry)は、キク類ツツジ目ツツジ科スノキ属です。類すら違いますので、もはや親戚とは呼べず、汁気が多い甘酸っぱい果実という部分が似ているだけなのです。カシスも、親戚とは呼べないグループです。英名ブラックカラント (blackcurrant)で、和名はクロスグリ(黒酸塊)で、クロフサスグリとも呼ばれます。ユキノシタ目スグリ科スグリ属の植物で、ユキノシタ目は類名に特定の名前が付けられていませんが、バラ類でもキク類でもありませんので、赤の他人です。これらのベリーの香りを特徴付ける原因物質についてお話をさせて頂きます。ラズベリーの「赤いベリーの印象」をもたらすのはラズベリーケトン(英語: Raspberry ketone)であると言われています。ブラックベリーの香りはラズベリーよりも落ち着いた印象を与えて、深みのあるフルーティーさがあります。この香りの原因物質はDulcinyl® ダルシニル®であると言われています。いちご特有の香りをもたらすのはソムリエ協会の教本ではフラネオールであるとされています。フラネオールは天然物からは1967年に、イチゴやパイナップルから発見されました。その後コーヒー、ポップコーン、焙煎したアーモンド、醤油、ローストビーフからも発見されています。ブルーベリーの香気成分はリナロール、ヘキサノール、ゲラニオールやオイゲノールなどです。リナロールはフローラルでフルーティーな香りです。ヘキサノールはグリーンでフレッシュな香りです。ゲラニオールはゼラニウムから発見された香り物質で、バラの様な香りです。ゲラニオールはモモ、ラズベリー、グレープフルーツ、リンゴ、プラム、ライム、オレンジ、レモン、スイカ、パイナップル、ブルーベリーなど幅広い果物に含まれます。オイゲノールはスパイシーでクローブのような香りです。カシスの香り成分も全く違います。テイスティングの表現用語としてのベリーのカシスは、カベルネ・ソーヴィニヨンなどを使った、赤の果実味の表現に良く使われます。香り物質である、とされている成分は、4-メトキシ-2-メチル-2-ブタンチオール(特有の重いフルーティーな香り)、4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン(4MMP)(ネコの尿)、ギ酸3-メルカプト-3-メチルブチル(高濃度では動物の体臭を思わせる匂い)などが含まれます。そのうちの4MMPはソーヴィニヨン・ブランの香り物質としても知られます。4MMPの緑のニュアンスがベリーとしてのカシスにも含まれていますので、カベルネ・ソーヴィニヨンを表現する時のベリーとしては最適だったのだと思います。ひとことでベリーと呼んでいますが、さまざまな香り物質がその印象を形成しているのです。
さて、この豚バラ肉のカシスとミックスベリー煮にテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 結の香 テロワールアンサンブルでした。このワインは今年(2026年)9月に新発売されたばかりのワインです。わたしたちは、何年も前から「これまでの考え方とは違う、新たな価値のある赤ワインをブレンドでつくりたい!」と思い、試行錯誤してきました。ヨーロッパのワイン法が基本的に持っている「広いエリアからのワインより狭いエリアのワインが偉い」をいう価値観にとらわれずに、いろんな個性を合わせる事で新しい美味が生まれるのではないか?とトライしているのです。ソムリエ協会のワイン教本によると、フランスでワインが作られ始めたのは紀元前6世紀頃です。その頃にフォカイア人がマルセイユにぶどうを持ち込んだと記載されています。その後、古代ローマ人の手でゆっくりとぶどう栽培、ワインづくりが広がっていきます。ローマ人は戦争で先住民族をねじ伏せて、従わせるのではなく、先に開墾しぶどうを植え、そのぶどうが沢山稔り、ワインが出来上がった頃に周辺を治めている族長を招き「ローマに従えば、こんなに美味しいワインを飲ませてあげるよ」と懐柔していったのです。紀元1世紀頃にはローヌ地方、その後もじわじわと北上してブルゴーニュやボルドーにもひろがり、4世紀にはシャンパーニュ地方まで到達しました。あらゆるところにぶどうを植え、そのぶどうからワインを醸し、美味しく無ければ打ち捨て、美味しい畑だけが生き残っていったのです。この壮大なトライ&エラーでぶどう栽培に向いていそうな土地にはぶどうが植えられ、その実力が確かめられているのです。12世紀頃のブルゴーニュでは既にクリマ(良質な畑の区画)の概念があったようで、どの区画から特に優れたワインが出来るのかが、判っていたようです。銘醸地という、全体として優秀な「大きな地方単位」、そのなかでも更に優秀な産地を選び出し、「村で優劣」をつけ、区画事に実力を測り、「一級畑」や「特級畑」のような格付けも可能にするものでした。これがAOC法やDOC法の礎になりました。こうしてヨーロッパのワインにおいては狭い方が偉いというワインの品質構造が生まれたのです。日本は違います。ワイン用のぶどうが栽培されるようになって、たった100年あまり、ぶどう栽培をしてきたのは点の集まりに過ぎません。ヨーロッパの様な壮大な検証をしていないのです。しかし、なんとなく、ヨーロッパ的な価値観である「狭い方が偉い」から足を踏み出す事はせずにワインの醸造をしてきました。わたくしたちは、ヨーロッパ的な価値観に縛られていない日本だからこそ、気象条件や土壌の異なるワインの力を結集する事で新しい「美味」を生み出す事が出来るのではないだろうか?そうして取り組んだのが「テロワールアンサンブル」です。サントリーの持つ山梨県と長野県の2つのワイナリーの良い所をえりすぐり、重ね合わせる事で、新たな味わいの世界を目指しました。数年かけて試作を繰り返し、仮説をたて、新しい原酒を磨き、それを何度もアッサンブラージュして試飲して議論を繰り返しました。2025年の段階では朧気ながらの方向性だったものが、2025年ヴィンテージの原酒も加えて2026年の春で、やっと満足できるワインになりました。マスカット・ベーリーAはミズナラ樽の原酒をふんだんに使っています。結の香をグラスに注ぐと、やや濃い目のラズベリーレッドです。トップにミズナラ樽由来のココナッツや白檀を思わせる甘く香ばしい香りが優しく立ち上がります。合わせてキイチゴやクランベリー、カシスなどの果実香も感じられる複雑な香り立ち。味わいの濃さは中程度で、ほのかな甘さ、複雑さと緻密さが感じられます。口に入れた後、前半はメルロやマスカット・ベーリーAの果実味やなめらかでふくよかな味わいが感じられ、中盤以降にプティ・ヴェルドの力強さが味わいを持ち上げてくれます。その盛り上がった旨味が余韻まで切れ目なく続きます。
豚バラ肉のカシスとミックスベリー煮のお皿を目の前に置き、結の香のグラスを鼻に近づけると、結の香の香りだけで豚バラ肉のカシスとミックスベリー煮とマリアージュが始まるのを感じました。
「豚バラ肉を食べながら、結の香の香りを嗅ぐと、イチゴの甘く心地良い香りが強まるのを感じました」
「うん、私もイチゴを感じました。それもイチゴシロップでは無く、フレッシュなイチゴです」
「豚肉はフルーツとの相性がとても良いですから、結の香のような果実の香りが豊かで、果実味たっぷりのワインは良く合います」
「最初はカシスだけで煮込もうと考えたのですが。冷凍でもカシスだけのものって、あんまり売っていないんですよね。なので、リキュールのカシスを使って、ベリーはミックスベリーを使いました」
「カシス単独だったら、カベルネ・ソーヴィニヨン系の方の評価が高まったかもしれません」
「昔のボルドー左岸のワインは、少し未熟な香りが強めにあったので、テイスティングの表現でも『カシス』の単語が良く使われていました。それが温暖化の影響でメドックでもカベルネ・ソーヴィニヨンの熟度が上がってきています。なので、カシスよりもブラックベリーの印象がするワインが増えている気がします」
「結の香で一番多く使われているのはメルロです。豚肉のじわっとした旨味をささえているのはメルロだと思いました」
「結の香と合わせるとローズマリーの香りが、ぐんと強まるのを感じました」
「それはプティ・ヴェルドが活躍したのかも、ですね」
「香りの調和はマスカット・ベーリーAが原動力かもしれません」
「ミズナラが良い仕事をしている気がします」
「そうですね、濃さはプティ・ヴェルドの応援があって、そこそこのボディ感なのですが、ボルドーや、まして新世界のタッチは全くありません。正に和の世界観なのです。その印象になる原動力は、ミズナラの伽羅や白檀の印象だと思います」
皆様も、一度豚バラ肉のカシスとミックスベリー煮に挑戦してみてください。そして新発売されたばかりの結の香との素晴らしい相性をお楽しみください。



