今回のレシピは、ワインスクエア流、ワインに良く合う青柳のヌタです。ヌタは、魚介類や肉、野菜を酢味噌で和えた料理の総称です。漢字だと沼田で、饅とも表記します。どろどろの酢味噌を泥の田んぼに見立てて沼田と呼び、その酢味噌で和えた沼田和(ヌタアエ)を略して、料理その物もヌタと呼ばれるようになりました。沼田膾(ヌタナマス)と呼ばれる場合もあります。料理そのものは万葉集にも登場します。長忌寸意吉麿(ながのいみきおきまろ)が詠んだ「醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふわれにな見えそ水葱の羹」=「醤(ひしお)酢(す)にノビルを搗いて和えた鯛を食べたいと願っている私に、あまり美味しくもないミズアオイのお椀など、見せてくれるなよ・・・」に登場する醤(ひしお)酢(す)にノビルを搗いて和えた鯛は正にノビルと鯛のヌタですよね。ヌタは農水省の「うちの郷土料理」で、4つもの県で掲載されている、各地で愛される料理です。埼玉県のねぎぬた、広島県のわけぎのぬた、山口県ではぬた、高知県は葉にんにくのぬたで掲載されています。(表記は農水省HPに合わせてあります)いずれも酢味噌和えですが、主たる野菜はネギもしくはネギの仲間が多いです。ネギはキジカクシ目ヒガンバナ科ネギ亜科ネギ属に属する植物の種の総称で、ネギ属は、800種も属する大きな属です。ネギ属には、タマネギ、ネギ、リーキ、ニンニクやラッキョウが属しておりノビルもその一員です。ちなみにワケギは、ネギとエシャロット(小型のタマネギの一種)の交配品種です。ネギは、古来は葱(キ)で白い部分を根と見立ててネギ(根葱)と呼ぶようになりました。葱は「そう」でもあり、草木が青々と茂っている様の事で、ネギの地上部分が濃い緑だからそう呼ばれるようになりました。ちなみに、この濃い緑色の薄いバージョンが浅葱色(あさぎいろ)です。副素材は埼玉県のねぎぬたでは、烏賊や竹輪が多いです。広島県のわけぎのぬたでは蛸や浅利、油揚げや練り物が使われます。山口県ではオバイケが定番です。オバイケ(尾羽毛)は、鯨の皮下脂肪を塩蔵し熱湯にくぐらせてから氷水でさらした物です。薄くスライスしたものに、酢味噌をつけて食べるのが一般的です。オバイケは、古くから日本各地で食べられてきた冬の味覚です。農水省の「うちの郷土料理」には、山口県北部の北浦地域(萩市や長門市、下関市を含む一帯)で良く食べられると書かれています。高知県の葉にんにくは、土佐国の長曾我部元親が、豊臣秀吉の朝鮮出兵から帰国する時に持ち帰ったと伝えられており、土佐の人々は、葉にんにくのぬたを、いろいろな食べ物に付けて食べます。特にブリの刺身には、葉にんにくのぬたを掛けて食べるのが土佐の定番です。さて今回のレシピではこのヌタを、青柳で作ります。今、日本産の浅利が危機的な状況です。読者の皆様は、2022年に大きく報道された産地偽装問題以降に激減しているのでは?とお考えかもしれませんが、それ以前から日本産の浅利は激減し始めていたのです。農水省の現在のHPで、浅利の生産量が判る、最も古い統計は1993年で、57,400tの漁獲がありました。それが2009年には31,700tまで減りました。そこから一気に激減し2018年には7,700tになりました。産地偽装問題が大きく報道されたのが2022年の1月でした。2022年は5,700t、2023年は5,500t、2024年4,400t、2025年3,000tです。確かに減り続けてはいますが、古い統計を調べると1960年代から1986年にかけてはずっと10万t以上の漁獲量をキープしていましたから浅利の激減は1987年以降と考えられます。日本の高度成長期が1973年までで、深刻な海洋汚染はその高度成長期に重なるイメージですから、14年もタイムラグを持って浅利が激減しているのは、高度成長期の海洋汚染と直接関係があるとは言い切れない気がします。いずれにしても、今の日本の汽水域や浅瀬には、かつての30分の1以下しか、浅利の再生能力が無いことには間違いありません。最近では、豊洲市場や築地の場外市場に行っても、立派な浅利を見る事はほとんどなくなってしまいました。その代わりに最近時々スーパーでも見かけるのが青柳です。標準和名はバカガイでミナトガイとも呼ばれます。「たべもの語源辞典」の清水桂一氏は、バカガイは水揚げされると、直ぐに朱色の舌を出すのを「馬鹿が舌を出している」様に見立てて名付けられた、と記しています。九州の志賀島の砂洲では嵐の翌日には砂浜に点々と青柳が打ち上げられていました。「あれ?死んでいるのかなぁ・・・」と拾ってみると元気なのですが、水から出されてしまって浜に転がると自力では砂に潜れないようで、浜に点々と散らばっていました。大変美味しい貝なのですが、海水に1晩漬けたくらいでは砂を全部は吐きません。なので、味が良くて沢山生息しているにも関わらず、丸の貝のままでは、あまり流通せず、手間暇かけて「朱色の舌」だけにしたものが寿司ネタとして流通しています。日本には江戸時代末期に、世界に誇れる貝の図鑑が出版されています。著者は武蔵石壽で、美しい標本図を服部雪斎が書いています。なんと1,064種もの貝が分類され収録されています。その図鑑の名前は「目八譜」(もくはちふ)です。貝の漢字を分解して目八としています。青柳は、その目八譜の一巻 蛤蚌類69種の51番目に湊介(ミナトガイ)として掲載されています。青柳の名前はバカバイの集積地が千葉県市原市の青柳にあったからだ、とされています。現在の青柳は海に面していませんが、それは千種海岸が埋め立てられたからで、1918年の千葉県の古地図を確認すると確かに青柳は海沿いの村でした。私がスーパーで、大量に陳列されているのを見かけた青柳は、三重県の養殖業者さんが養殖されているようで、生きたまま海水ごとパックに詰められて販売されていました。砂の無い環境で養殖されているのか、貝のどこにも砂は無く、ワイン蒸しでもボンゴレでもパエリアでも、なんにでも美味しくて重宝します。今回のヌタの酢味噌は鈴木都先生にワインスクエア流、ワインに良く合う酢味噌のレシピを考案してもらいました。鈴木家では、都先生や薫先生が幼い頃から青柳のヌタが夕食に、良く登場したそうです。今回のヌタの酢味噌は、白味噌、白ワイン、砂糖とチューブの和がらしを使いました。白味噌のメーカーにより甘さが違いますし、白ワインも酸度が違うのでレシピの分量を参考にされながらご自身の好みに調整してください。酸味をワインで出しますので、出来たヌタは、尖った酸味にはなりません。「ちょっとヌタには酸が足りないかなぁ・・・」と思われても、柔らかい感じの酸味があれば大丈夫です。本文の作り方は、寿司ネタを取り扱っている魚屋さんにはある「青柳の舌切り」での作り方になっています。海水入りのパックで販売されている養殖青柳だと、殻を洗ってからワイン蒸しにして、口が開いて取り出した中の貝の身をお使いください。
さて、このワインスクエア流、ワインに良く合う青柳のヌタにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム かみのやま シャルドネでした。サントリーフロムファーム かみのやま シャルドネのぶどうを育ててくださっているのは、山形新幹線のかみのやま温泉駅から南南東に5.5kmほど行った原口の栽培農家の木村さんです。木村さんは山形県で真っ先にシャインマスカットを導入された方で、洋梨なども手広く栽培されている腕利きの栽培農家さんで、都内の超高級果物屋さんにも卸されている方です。山形県の東部は盆地で、寒暖差が激しいので果樹栽培に向いており、サクランボが特に有名ですよね。マリアージュ実験に使ったのは2025年ヴィンテージです。皆様も昨年の事なので良く覚えていらっしゃるかと思いますが2025年の夏は、とても暑い夏でした。かみのやまでは、梅雨は少雨で7月から高温傾向でした。8月の上旬にはまとまった雨があったのですが、その後は晴天が続き、凝縮したぶどうが獲れた年です。グラスに注ぐと、淡いレモンイエローです。注いだだけの状態でグラスからはフローラルな印象の少し甘い香りが漂ってきます。スワリング(香りを立たせるために軽くグラスを回して、グラスの表面にワインを付着させる)すると爽やかな柑橘系の印象とリンゴや洋梨、桃など様々なフルーツを思わせる香りが感じられます。口に含むと軽やかで辛口なのですが、ぶどうの完熟からくるのか、ほんのりと甘い印象もあります。心地良い酸味で、自然な果実感とのバランスがとれています。充実感があり、なめらかさが余韻にまで感じられる、とても上品なワインです。青柳のヌタと合わせると、かみのやまシャルドネを単体でテイスティングしたときよりも風味が広がりました。
「青柳ってこんなに甘みが強い貝だったんですね」
「美味しいですね。寿司屋さんの壁に吊るした、板のお品書きの中に青柳が有っても、ずっと『ああ、バカガイでしょ・・・』と積極的には頼んできませんでした。もったいない事をしてしまいました」
「蛤や浅利のようなコクは強くはないのですが、独特の風味があって素直に美味しい貝です」
「ワインを勉強し始めた最初の頃のソムリエ協会の教本のマリアージュのなかのワインが苦手な食材の、いの一番が穀物酢でした。以来酢の物系をワインと合わそうと言う発想すらありませんでした」
「このヌタには穀物酢は、入っていません。代わりに白ワインを入れています。今日はヴュー パープ フランスの白を使いました」
「ヌタの酸味がまろやかなのは、ワインの酸だからなのですね」
「ヌタの白味噌との折り合いも、かみのやまのシャルドネは、とても良いです」 「日本のシャルドネと白味噌は、とても仲良しなのですよ」
「わたくしが小学校の低学年だったから1960年代の半ばだと思うのですが、家族で兵庫県の須磨海水浴場に泳ぎに行った事があるのですが、父親が、少し沖で、足で大きな青柳を沢山掘った事がありました。家に帰ってから母親が九条葱とヌタにしていましたね」
「今でも、貝をばら撒かない天然の潮干狩りが出来る所では、浅利よりも青柳の方が沢山とれたりしますよ」
「今の日本の海では、浅利よりもずっと育てやすい貝なのかもしれません」 「砂の無い環境での養殖がもっと盛んになると良いですね」
旬について書かれた本には青柳の旬は2月から4月と書かれていますが、豊洲市場の出盛りは6月から夏のようです。皆様も青柳を見掛けられましたら是非、ワインスクエア流、ワインに良く合う青柳のヌタの事を思い出してください。そしてサントリーフロムファーム かみのやま シャルドネとの素晴らしいマリアージュをお楽しみください。



