今回のレシピは、帆立貝のアジアンハーブバター焼きです。タイ料理の大家である鈴木都先生のオリジナル料理です。ホタテガイは軟体動物門の二枚貝綱、翼形亜綱、イタヤガイ目、イタヤガイ科、ホタテガイ亜科に属する貝です。翼形亜綱はウグイスガイ亜綱とも呼ばれますが、ウグイスガイの貝殻が、丁度、鳥の翼を広げたような形をしているので、そう呼ばれます。この亜綱に属する貝は、固着性のものが多く、ムール貝のように足糸(そくし)で体を固着させます。ホタテガイにそっくりな形をしていて一見ホタテガイの様に泳ぎそうなイタヤガイ科の仲間にも、固着生活を送る貝が沢山います。ホタテガイを漢字で書くと帆立貝です。帆立貝の名前は、この貝が膨らんでいるほうの貝殻を舟に、平らな方の貝殻を帆にして海上を千里も滑って移動する、と、言い伝えられたからだそうです。ホタテガイは貝殻の中央に一つだけある貝柱が巨大になっています。この貝柱を縮めて貝殻を閉じ、ジェット水流のように水を噴出して海中を泳ぎます。ホタテガイの別名は海扇や扇貝、秋田貝とも呼ばれます。秋田貝の名前は、秋田藩佐竹家の家紋である「扇に月」の形がホタテガイに似ているから、そう呼ばれると言われます。帆立の殻の印はヨーロッパでは聖地巡礼の目印です。フランス語ではホタテガイの事をcoquille Saint-Jacquesと呼びますが、ホタテガイを聖ヤコブの象徴物とみなして「聖ヤコブの貝」="coquille Saint-Jacques"の名前が与えられたのです。幾つものルートがあるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路には帆立の殻を模した目印が埋め込まれています。この原稿は毎年春に開催されるユニオン デ グランクリュ ボルドーのテイスティングに訪れているボルドーで書いているのですが、ボルドーの街中にも巡礼路の目印である帆立貝の印が埋め込まれていました。
日本で漁獲されるホタテガイのかなりの部分は養殖です。日本に於けるホタテガイの養殖の始まりは、道東のサロマ湖で木下虎一郎が天然採苗をした事がきっかけです。木下は当初カキの養殖を目指して採苗を試みましたが、採れたのはホタテガイの稚貝でした。このホタテガイの稚貝を何とか育てる為に試行錯誤しました。養殖技術が確立されたのは1955年(昭和30年)です。採種した稚貝を1年間サロマ湖で育て、1年経ったら、湖の向かいのオホーツク海に放し4年間くらい育ててから漁獲しました。この方式は地撒き式と呼ばれ、オホーツク海では現在でも行われています。サロマ湖畔である北見市常呂町栄浦には、帆立貝の形をした石碑があり、木下虎一郎の偉業を称えています。地撒き式の他には、垂下式と呼ばれる養殖方式もあります。養殖いかだに釣り糸を貝殻の耳の部分に通して吊るしたり、養殖籠に入れて吊るしたりして育てる方法です。噴火湾や北海道の日本海側、青森や岩手、宮城で採用されている養殖方法です。
ホタテガイの都道府県別漁獲量(2024年)は北海道がダントツの1位で、全国の漁獲量12万tの7割以上の8.5万tです。2位が青森県で3.1万tあります。農水省のデータは2024年までしか公表されていませんが、青森県漁連のまとめで県産ホタテガイの2025年度水揚げ量が1万9828トンとなって、1977年度以来48年ぶりに2万tを下回ったと報じられました。これは2024年夏の猛暑による高水温で稚貝が大量死したことが響きました。2025年も大量死や成育不良が見られており、県漁連は2026年度の水揚げ量が更に悪化し2025年度の約半分となる1万t程度に激減すると見込んでいるそうです。昨年は広島県や岡山県でも牡蠣が大量に斃死(へいし)したと報道されており、温暖化の悪影響ではないか?と懸念されているようです。
さて今回の帆立貝のアジアンハーブバター焼きは、都先生が、ブルゴーニュ名物のエスカルゴバターをパセリではなく、アジアのハーブで作ったら絶対美味しいと思って発想されたようです。ソースのハーブはディルとバイマックルーで、あとはにんにくと粗びき白こしょうです。バイマックルーはこぶみかんの葉の事です。タイではこぶみかんの果実はマックルーで、その葉っぱなので、バイマックルーなのです。こぶみかんを漢字で書くと瘤蜜柑で、実の表面が瘤だらけだからです。分類学的には、ムクロジ目、ミカン科、ミカン属、コブミカンです。英語ではkaffir lime(キャファーライム)や makrut lime(マクルトライム)と呼ばれます。日本ではキャファーライムから転じたカフェライムとかカフィアライムとも呼ばれます。でもライムとは異なる独立したコブミカン種なのです。コブミカンの葉っぱは2枚連結したように見えますので、普通のミカン属の葉っぱと全然違う形のように見えますが、葉っぱの構造は同じなのです。一般的に植物の葉の構造は、葉の本体である葉身と、枝と葉身とをつなぐ葉柄に別れます。ミカン属の特徴として葉柄の左右に翼(よく)があります。温州ミカンの葉っぱだと葉柄の翼の長さと、葉身の長さは大体、1対10くらいの比率なのですが、コブミカンは1対1くらいで翼の幅も葉身と同じくらいにもなっているので、2枚連なっているように見えるのです。
さて、この帆立貝のアジアンハーブバター焼きにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 塩尻 メルロ ロゼでした。このワインは長野県のほぼ中央部に位置する塩尻にあるサントリー塩尻ワイナリーで醸されたロゼワインです。ロゼワインの最も主流の製法は、赤ワインと同じ様に皮と種を果汁と一緒に発酵して、ある程度色が抽出された時点で皮と種を取り除くという作り方です。皮と種をワインと一緒に漬け込むのでマセレーション法と呼ばれます。ロゼワインのその他の製法には、直接圧搾法があります。直接圧搾法は、収穫した黒ぶどうを破砕せずに、そのまま圧搾機にかけて、ゆっくりと圧力をかけて果汁を搾り出していきます。ワインの色はアントシアニンが主体なのですが、水溶性なので、搾る時に淡いロゼカラーになるのです。淡い色合いが特徴的なプロヴァンスのロゼの大部分はこの直接圧搾法で作られます。その他に白ぶどうと黒ぶどうを混ぜてから発酵する方法や、フランスのスティルワインでは認められていませんが、赤ワインと白ワインを混ぜる方法(シャンパンでは認められていて殆どのロゼシャンパンがこの方法でつくられる)やセニエ法などがあります。セニエは昔の医療用語で「血を抜く」事です。昔は体調不良の原因が「悪い血」であると考え、血を抜く治療方法があったのです。ワインの醸造に於いては、あるぶどうからワインを醸造する時に、もう少し濃くて良いワインがつくりたいなぁ・・・と考えた時に実施します。ぶどうを破砕した液から果汁だけを少し抜くのです。ワインの色や香りの成分は、ぶどうの果皮に、そのほとんどが含まれています。果汁と皮と種が一緒になった液から果汁だけを少し引き抜くと「果汁」と「皮と種」との比率が変わります。例えば「果汁」が80で「皮と種」が20のぶどうを破砕した液から果汁を20抜くと「皮と種」の割合は20%から25%に上がります。その分、色や香り成分が濃いワインが出来るのです。引き抜いた果汁は、もともと良い赤ワインになる上質な果汁です。それを醸せば良いロゼワインになるのです。塩尻 メルロ ロゼは、もともとは岩垂原メルロや塩尻メルロになるぶどうのセニエ液でつくっていました。塩尻ワイナリーでは、日々品質向上のための取り組みを行っており、ここ数年は「ジェントルハンドリング」の追求を行ってきました。従来メルロを醸すときに破砕した果汁を発酵タンクに送り込むのにポンプを使っていましたが、ポンプはどうしても果汁にストレスを与えます。このポンプの工程を外す為に粒でぶどうを選果したあと、粒のまま、ベルトコンベアでタンクに入れるようにしました。これにより柔らかみのあるワインになりました。でもこの醸造方法では破砕の工程がありませんのでセニエ果汁が足りなくなったのです。マリアージュ実験に使った塩尻メルロ ロゼではセニエのワインの他に直接圧搾法で醸したロゼとを合わせて製品にしています。
グラスに注ぐと、美しいサーモンピンクに、僅かに紫の色合いを帯びています。さくらんぼやザクロのジャムを連想させる赤い果実の香りに、ピンクの花、オレンジピール、白こしょう、洋梨のキャンディーのタッチがあります。軽快な酸味と、横に広がるメルロらしいやわらかな果実味とのバランスが心地良い辛口ロゼワインです。柑橘の果皮の様なほろ苦さのあるタンニンが後口を引き締めています。帆立貝のアジアンハーブバター焼きからは、柑橘系の爽やかな香りとバターの香りとが立ち昇っています。帆立を齧って、塩尻 メルロ ロゼを飲むと帆立の自然な甘みが口中に広がりました。
「帆立ってお刺身でも甘いなぁ・・・と思いますが、火が通ると甘さが活性化するのか、より強く感じられますね」
「帆立を食べた後の、戻り香が素晴らしいです」
「バターのコクのある乳系の香りと柑橘系のスッとする香りの調和が心地良いですね」
「でも、帆立貝にロゼワインがイチオシに選ばれるとは、ちょっと意外でした」
「この帆立の食べ応えは、もはや肉ですね」
「ワインの後味の広がりが、伸びやかでした」
都先生のこのレシピは、とてもワインフレンドリーで、白ワインやスパークリングワインはもちろん、軽めの赤ワインまで幅広いワインと調和していました。皆様も良い帆立を見掛けられましたら是非是非、帆立貝のアジアンハーブバター焼きに挑戦してみてください。そしてサントリーフロムファーム 塩尻 メルロ ロゼとの素晴らしい相性をお楽しみください。



