今回の料理は鴨のコンフィとレンズ豆のワイン煮です。今回のマリアージュ実験では、合鴨を使いました。合鴨はマガモ由来の鴨達なのですが、いろいろなパターンが含まれていて、ちょっとややこしいです。マガモはカモ目カモ科マガモ属の鳥です。アイガモは一般的にはアヒルとマガモを交配したものを指し、国内で合鴨として流通している物のほとんどがこれなのです。欧米では鴨猟の囮につかうナキアヒルも合鴨と呼びますが、マガモを飼い馴らしただけで交配はしておりません。アヒルは、渡り鳥であるマガモを、一年中食べる為に、今から2200年くらい前の中国で家畜化して生まれました。体のサイズは鴨よりも大分大きく3kgから5kgくらいです。体は真っ白で、薄緑色をした卵を生みます。体が大きくなったからでもありますが、アヒルは全く飛べないか、精々、数mしか飛べない固体が多いです。ナキアヒルはアヒルより体は、ずっと小さいです。体の色は欧米では鴨の色のものが多いですが、日本では白のものもいます。アヒルとマガモは遺伝子的には同じ種である事が判明していますから、どんな交配も自由自在なのです。掛け合わせる回数を変える事で、マガモの性質が色濃い合鴨も、かなりアヒルに寄った合鴨も作りだせます。アヒルとマガモを交配したものにマガモを掛けるとマガモの色合いが強くなります。更にそうして生まれたものにマガモを掛けるとより一層マガモの色合いが濃くなるのです。合鴨の体の色はマガモ色のものが多いです。成長するとアヒルよりも体は小さくマガモよりは大きいですが、どういう交配をするのかで様々なサイズが作れます。合鴨は田植えをした後の水田の草取りに使う合鴨農法でも有名になりました。合鴨のブランドは、全国に多数あります。大阪府の河内鴨、京都府だと、京鴨とななたに鴨、滋賀県の近江鴨、山形県では最上鴨、茨城県の常陸鴨、岩手県は美海鴨(みうながも)、愛知県ではあいち鴨などです。今回はその合鴨をコンフィで頂きます。コンフィ(confire)はフランス料理の調理方法で、もともとの言葉の意味は「保存する」です。コンフィの技法は、フルーツを中心としたお菓子と肉類で使われます。肉のコンフィはフランスの南西地方のトゥールーズかドルドーニュで生まれたと言われています。南西地方では、フォアグラを作る為にアヒルやガチョウを肥育します。ガチョウは、カモ目カモ科ガン亜科の「雁(がん、かり)」を家畜化した鳥類で、漢字では「鵞鳥」と書きます。体はアヒルより大きいものが多く体重4~10kg程度になります。フォアグラを作る為に肥育したアヒルやガチョウは、体中に脂肪をため込みます。フォアグラを取った後は、焼いたり煮たりして食べるのですが、火を入れるときに大量の脂が出るのです。その脂を活用したのがコンフィなのです。アヒルやガチョウをコンフィにする時に使う部位は腿が多いです。腿を塩漬けにしてハーブと共に脂にいれ85℃を超えないくらいの温度でゆっくりと火をいれていきます。出来上がったコンフィは、肉を脂で覆って密閉して冷暗所に置けば数ヶ月保存出来ます。まさに「保存する」ための料理方法なのです。
大事な副材料のレンズマメはマメ科ヒラマメ属の一年草です。レンズマメはレンズに似ているからレンズマメと言うのではなく、人類が凸レンズを発明した時に、レンズマメに似ているから、レンズの名前が与えられました。メソポタミア周辺の西アジアが原産で、和名はヒラマメ(扁豆)です。豆類の中で非常に古くから栽培を始めたものの一つとされており、シリアやトルコで7000年位前の遺跡から発掘されています。レンズマメの生産量は豆類の中では中堅どころで、世界の生産量で大豆、落花生、エンドウマメに次ぐ4番目です。主要な生産国は2023年の速報値で、1位はオーストラリア、2位がカナダ、3位がインドでこの上位3ヶ国は、その年の出来不出来で順位が変わり、3ヶ国で大体、世界の70%くらいを占めています。
さてこの、鴨のコンフィとレンズ豆のワイン煮に、テイスティングメンバーが選んだイチオシワインは、なんとシャトー ラグランジュでした。フランスのスティルワインの銘醸地の東西の横綱と言えば、ボルドーとブルゴーニュでしょう。そのボルドーの中でも、構造の大きさ、長期熟成のポテンシャルに優れているのはメドック地方であるのは異論が無いと思います。読者の皆様の中には、ボルドーのシャトー巡りをされた方が沢山いらっしゃると思います。メドックを訪れるにはボルドー市内から「シャトー街道」とも呼ばれるD2を北上する事になります。マルゴー村では尖塔が美しいパルメが右側に見えます。スーサン村やラマルク村などオーメドックの村々を過ぎるとベイシュヴェルが見えて来て、そこからサンジュリアン村です。その北はポーイヤック村、サンテステーフ村へと続きます。現代のメドックのぶどう畑になっている所は小高い丘になっていて、丸い礫を沢山含む土砂が堆積しています。ブルゴーニュが、東に面した丘に貼りつくように畑があるのに対して、メドックは広々とした乾燥した砂礫の上にぶどう畑が広がっている印象が有ると思います。でもこの風景は17世紀後半から行われたブルイユ水路を筆頭とするオランダ人による干拓によって生まれたものなのですよ。オランダ人による干拓の前のボルドーはクループ(堆積した礫の丘)の高いところ以外は水浸しで、メドックでは、ごく一部のラフィットなどを除いて高品質なワインは出来ませんでした。ボルドーで優れたワインが出来るエリアはメドックでは無く、ボルドー市の南のグラーヴや右岸のサンテミリオンの方だ、とされていたのです。オランダ人によるメドックの干拓事業の開始と終了の時期は「17世紀から18世紀」と、確定する形ではない大まかな年代で記載されています。ソムリエ協会の教本には干拓は1700年代の頭に完成と記されていますが、実際に干拓事業が始まったのは1600年代の後半と考えられます。1600年代の頭には、オランダの海軍は、フランス海軍とイギリス海軍の両方を、艦船の数の面でも攻撃力の面でも圧倒していたのでした。その勢いで1602年には東インドを侵略してポルトガルから香料貿易を奪い、貿易で莫大な利益を得ました。オランダ本国は、元々海抜が低い国土に悩まされており、干拓事業が必要でした。13世紀以来、干拓を積極的に推し進める事により、平均して1世紀に、なんと350平方kmもの割合で国土を広げてきた実績があるのです。オランダ人によるメドックの干拓事業の開始と完成の時期は正確には判っていません。干拓事業と運河で毛色は違いますが、ミディ運河(Canal du Midi)は、大西洋と地中海との間を船舶で結ぶ、画期的な大量輸送ルートです。フランスのトゥールーズから、地中海にいたる全長 240 km。1666年に着工し、1694年完成しました、工期は28年間です。メドックの干拓事業の開始は、1648年にオランダがスペインから完全に独立してからそれほど時間が経たない1600年代の後半に始まったのではないか?と推測されます。当時のオランダは軍事力もさることながら科学技術も大変優れていたのです。樽を硫黄で燻蒸する技術もオランダ人によってボルドーにもたらされました。それにより、樽で安定して保存する事が可能になり、樽熟という世界が見え始めました。それまでのボルドーは、現代のような濃く重厚な赤ワインではなく、クラレットと呼ばれるロゼのような赤ワインで、それを若いうちに飲むものだったのです。余談になりますが、コニャックやアルマニャックの蒸溜技術もオランダ人によるものなんですよ。当時オランダはシャンパーニュ地方のスティルワインを輸入していました。当時のワインはアルコール度数が低く、長旅に向かず、オランダに持ち帰る途中でせっかくのワインが劣化してしまい酢のような状態になる事が頻発していました。そこで当時のオランダ商人はこのワインを自分達の蒸留器で蒸留し長旅でも耐えられるようにしようとしました。この頃はまだ熟成といった概念はなく、蒸留したワインを水で割ってワインの味に近づけて飲むことが目的でした。この蒸留したワインは「Brandwijn」=「焼いたワイン」と呼ばれ、「Brandy(ブランデー)」の語源となったと言われています。最初は試験的でしたが、1559年のオーニス地方(Aunis)でのワインの過剰生産から本格的に蒸溜が行われるようになりました。
さて、メドックの干拓事業です。皆さんは「ブルイユ水路なんか、どこにあるのか知らない」と仰るかもしれませんが、メドックのシャトー巡りをされた方なら、ほぼ皆さんが通っていると思います。ポーイヤック村を北上し左手にシャトー ラフィットが見えてくると、ラフィットの前に池が見えるはずです。さらに北上すると、その先には木が生い茂り見えにくくなりますが、橋があり、その下が大きく落ち窪んでいるのが判ると思います。そこがブルイユ水路で、橋を渡るとコスデストゥールネルが右手に見えます。ブルイユ水路は、フランス語ではLa Jalle du Breuilで、別名 chenal du Lazaretや、かつてはサンヴァンセントの水路と呼ばれていました。1709年のマッセの地図には、既にその存在が記載されています。ブルイユ水路は長さ5.5kmをほぼ直線に、幅大体500mを最大25mの深さで掘って運河にしました。現代のような重機がある訳ではありませんから膨大な時間と人手がかかった難工事だったと思います。
古文書によるとシャトー ラフィットの葡萄園の創設は1335年です。ボルドーでも、10本の指に入る古いシャトーです。ラフィットという名称は、ガスコン語で「小高い丘」を意味する「La Hite (ラ イット)」に由来しています。逆にいうと干拓前のメドックにおいては、一番小高い部分でないと、ぶどうは完熟出来なかったのです。最大のものはブルイユ水路ですが、その他に現在はポーイヤックとサンジュリアンの境界線となっているジュイヤック流水路やラグランジュのすぐ南側のミリュー運河があり、その他にも、無数の干拓用水路があるのです。その運河たちの威力は、メドックの格付けシャトーたちを創業年で並べ直すと良くわかります。もっと古いシャトーはディッサンで12世紀です。次がラトゥールで1331年の創業、その後ラフィット、カントメルル、オーブリオン、プリューレ リシーヌと続きます。運河が効力を発揮し始めたのが1680年と仮定すると、その時にあったシャトーはマルゴー村が10シャトー、サンジュリアン村が3シャトーです。ポーイヤック村は1級の2つだけ、サンテステーフに至っては1つも入っていないのです。シャトー ラグランジュがワイナリーとして記録されるのは1631年です。オランダ人の運河よりも50年くらい前です。つまり、ラグランジュのある場所は、とても恵まれた排水性の高い場所なのです。マリアージュ実験に使ったのは2020年ヴィンテージで配合比率は74%がCabernet Sauvignon、24%がMerlot、2%がPetit Verdotです。2020年はコロナ禍の真っ最中で、しかも雨の多い年ではありましたがメルロがとても良く熟した年です。史上最も暑いヴィンテージのひとつで、過去30年間で最も少ない収穫量の記録を更新しました。ラグランジュでは非常に暑かったにも関わらず、驚くほどのフレッシュさを残すことに成功しました。ブラックチェリー、カシス、リコリスを思わせる魅力的な香りが漂います。引き締まったタンニンの構造は偉大な2010年を思い起こさせ、2010年よりもクリーミーで滑らかです。熟成に時間のかかるクラシックなヴィンテージであるにもかかわらず、早いうちから楽しむこともできます。実際にマリアージュをする前は「鴨のコンフィだからピノ・ノワール優勢だろうなぁ・・・」と思いながら実験を進めました。実験参加者の順位付けを聞いていくと参加者の多くがラグランジュをイチオシに選んでいました。
「吃驚ですね!鴨にカベルネ・ソーヴィニヨンがイチオシですか!!」
「鴨とピノ・ノワールって『本質的相性』の鉄板だと思っていました」
「マクマレー ロシアンリヴァーヴァレー ピノ・ノワールも凄く良く合っていて、とっても美味しいのですが、ラグランジュが上回っているだけですね」
「肉汁と脂を吸ったレンズ豆が良い仕事をしている気がします。鴨だけでもラグランジュにとっても美味しいのですが、レンズ豆が一緒に口に入ると相性がより一層良くなる気がします」
「コンフィするときに使っているタイムやローズマリーが、カベルネ・ソーヴィニヨンに寄せる原動力になっている気がしますね。と、言う事は、その日に飲む予定がボルドー系なら、鴨や鶏でもタイムやローズマリーを多めに使うと、グッと相性が良くなるのでしょうね」
最近では鴨の胸肉の取り扱いのあるスーパーも増えましたが、鴨の腿肉は、なかなか取り扱っていません。合鴨の取り扱いを明記している大きめの鶏肉屋さんに注文するか、ネットで「鴨肉 腿」で検索すると購入出来ます。鴨の腿肉を手に入れられたら鴨のコンフィとレンズ豆のワイン煮に挑戦してください。そしてシャトー ラグランジュとの素晴らしい相性をお楽しみください。コンフィにした油は取っておいて、次回の鴨のコンフィにお使いください。なんせコンフィは「保存する」為の技法ですから・・・・。何度も繰り返し使ううちにどんどん鴨脂の比率が高まり、そうすると本場の味に近づいてきて、より一層美味しくなります。



