今回の料理は牛肉とサツマイモとドライいちじくのバルサミコソテーです。サツマイモは、漢字では、ご存知の通り薩摩芋です。ヒルガオ科サツマイモ属の多年生植物で、食用にするのは、主に根っこです。この根は肥大化するので塊根と呼ばれます。若い蔓や葉も青菜として食べることもあります。大正生まれの父は食卓にサツマイモ料理が出る度に「戦時中はサツマイモの蔓や葉っぱばかりを食べていて芋は滅多に食べる事が出来なかった」と言っていました。サツマイモは、南アメリカのエクアドルあたりの熱帯地域が原産です。ヒルガオ科にはヒルガオ属、サツマイモ属などが属しており、基本的に蔓植物です。花は、アサガオの花のように、ラッパ状にくっついた花びらのものが多いです。ちなみにアサガオはサツマイモ属です。中央アメリカでは、少なくとも5,000年前には、栽培が行われていました。コロンブス以降に、ヨーロッパとアジアに広がり、中国では16世紀後半にはサツマイモとして記録があります。ミクロネシアの島々には12世紀頃の遺跡にサツマイモの痕跡があります。ミクロネシアの人々は小舟でアメリカ大陸まで渡りサツマイモを持ち帰った、と想像されています。日本中にサツマイモを広めた立役者は、社会科の教科書にも載っている青木昆陽です。青木昆陽は、元禄11年(1698年)江戸日本橋の魚屋の一人息子として生まれました。最初の名前は敦書(あつのり)でしたが後に文蔵に改名し昆陽(こんよう)とも号しました。儒学者であり京都で蘭学も学びました。享保年間には凶作が何度も襲ってきて、疫病がしばしば蔓延しました。止めを刺したのが享保の大飢饉でした。享保16年(1731年)の年末から天候が悪く、翌1732年になっても悪天候が続き作物の生育が大きく遅れました。また、梅雨からの長雨が約2か月も続き、深刻な冷夏となりました。夏、少し天候が回復したのですがウンカが大発生し、稲作に甚大な被害をもたらし、享保の大飢饉となってしまいました。被害は西日本中心の46藩でした。46藩の石高の合計は236万石だったのですが、1732年の収穫は63万石程度で平年の1/4しかありませんでした。公式には餓死者は12,000人、250万人以上の民が飢餓に苦しんだと言われていますが、この餓死者は各藩が被害を少なく見せるための虚偽の報告でした。19世紀前半に編纂された江戸幕府の公式史書である「徳川実記」によれば、餓死者は969,600人だと記されています。青木昆陽は1733年に江戸町奉行の大岡忠助の許しを得て、江戸城内の徳川幕府の図書館である紅葉山文庫の大量の蔵書を研究する事が出来ました。昆陽は、瀬戸内海の大三島では、サツマイモを島民が植えていたため、飢饉の影響をほぼ免れていることに気づきました。享保の頃、サツマイモは南米からフィリピンを経由して、琉球に到達していました。琉球を支配していた薩摩藩では、既にサツマイモの栽培が行われていましたが、薩摩藩はサツマイモを門外不出としていました。ちなみに薩摩ではサツマイモの事を、琉球から入ってきたので琉球芋、琉球では唐から来たと思われていたので唐芋と呼んでいました。青木は、「蕃薯考(新しい山芋についての考察)」という論文を書き、江戸の高官に高く評価され、江戸幕府八代将軍である徳川吉宗にも報告されました。彼は平民から武士に取り立てられ「薩摩芋御用掛」に任命されました。小石川植物園と、幕張と不道堂(現在の千葉県九十九里)に栽培実験場を作りサツマイモを栽培しました。サツマイモは、後の飢饉において貴重な食料源であることが証明されました。寛政年間には江戸の焼き芋の屋台の行灯に「八里半」と掲げる者が現れました。これは「九里(栗)に近い」という語呂合わせでしたが、間もなく「十三里」と掲げる店が現れました。「九里四里旨い(栗より旨い)」という粋な洒落ですよね。
昆陽の墓所は下目黒の瀧泉寺(目黒不動)で、そこには「甘藷先生之墓」があります。
サツマイモは、英語ではSweet potato、フランス語ではPatate douce、イタリア語ではPatata dolceです。いずれも「甘いジャガイモ」なので、ジャガイモの方が先輩にみえますが、サツマイモのほうが、ずっと早くヨーロッパに持ち帰られています。サツマイモは15世紀中ですが、ジャガイモは16世紀後半なのですよ。どうしてジャガイモが先輩風を吹かせているかと言うと、サツマイモは熱帯生まれなので、ヨーロッパの気候では寒くて、余り上手く生育しなかったのです。一方、ジャガイモは気候風土がヨーロッパに合っていて、瞬く間に広がったのです。今回のもうひとつの主役はドライいちじくです。イチジクは漢字で書くと無花果や映日果で、クワ科イチジク属の落葉中木ですが、中には7mから20mの高木になる種もあります。原産地はアラビア南部、西アジアあたりと推測されています。果樹として世界中で古くから、広く栽培されています。「果実」とされる部分は花托(かたく)で、小さな花が多数入っています。雌雄異株で、雌株の花托が果嚢になり食べる部分になります。「唐柿(トウガキ)」「南蛮柿」などの別名もあります。古くから人間の生活に密接な関係があり、旧約聖書では、エデンの園で禁断の果実である林檎を食べたアダムとイヴが羞恥の心を知り、イチジクの葉で自分たちの大事な部分を隠しました。日本には江戸時代に中国から伝わったとされる説と西洋から長崎へ伝わった説の2つがあります。現在日本の栽培種の3/4以上を占めている桝井(ますい)ドーフィンは1909年に桝井氏がアメリカから移植したアメリカ系の単為生殖で結実出来る品種です。今回は牛肉とサツマイモとイチジクとクルミでソテーを作ります。牛肉はロースの焼肉用を使いました。味付けのメインはバルサミコです。バルサミコについて詳しくお知りになりたい方は、2022年12月の「ポークロースト ぶどうとバルサミコのソース」の回に細かく説明させて頂いておりますので、ご参照なさってください。
さてこの、牛肉とサツマイモとドライいちじくのバルサミコソテーに、テイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 岩垂原メルロでした。このワインを生産している塩尻ワイナリーは1936年に設立されました。そのころ、売れに売れていたワインが、当時は赤玉ポートワインと呼ばれていた赤玉スイートワインだったのです。1936年というと、第二次世界大戦の足音が間近に迫り、海外からのバルクワインの調達が難しくなってきた時期でした。その赤玉の国内原料供給基地として塩尻ワイナリーはスタートしたのでした。1950年代には、地元ぶどう栽培者が赤玉出荷組合を結成してくださいました。組合の看板は、今でも農協の入り口に飾られています。日本のワイン消費の中心は、長らく甘く飲みやすい甘味果実酒主体でしたが、東京オリンピックや大阪万博をきっかけとして、徐々に本格的な辛口ワインの需要も高まりを見せ、1972年からの第一次ワインブームへと繋がっていきます。塩尻ワイナリーでも1970年代には赤玉出荷組合員にメルロやマスカット・ベーリーAの苗木を配布し、辛口ワイン向けのぶどう栽培を開始し、需要の変化への対応をしています。1975年には、甘味果実酒の販売量を果実酒が逆転し、日本のワイン市場の大きな歴史的転換点を迎えました。以降、塩尻エリアは、徐々に本格的ワインの生産地になっていき、日本の産地の中でも、メルロの栽培適地として知られていくことになります。岩垂原は奈良井川の左岸サイドで、対岸は桔梗ヶ原です。その名の通り、大きな岩がゴロゴロと堆積している土壌で、砂礫の上に、砂と粘土のまざった土壌が少しだけあります。砂礫の層は桔梗ヶ原エリアよりも分厚く、そのお陰で、桔梗ヶ原よりも水はけが良いのが特徴です。表面に粘土もあるので、一見すると水はけが悪そうに見えますが、驟雨の最中でも水たまりが出来る事はあまり無く、水はけが良い事が実感できます。今回のマリアージュ実験で使ったのは2021年ヴィンテージです。この2021年ヴィンテージの岩垂原メルロをアッサンブラージュする時に、塩尻ワイナリーの所長である齋藤卓は2021年ヴィンテージについて、こう語りました「2021年は8月中旬以降の降雨と低温による病害に悩まされましたが『より熟した果実を得るには、何をすべきか??』という原点に改めて立ち返り、協力者の方と一緒になって栽培管理に関する様々な試みをした年です」
そうして出来たのがこの2021年ヴィンテージの岩垂原メルロです。グラスに注ぐと、日本ワインとしては濃いです。ダークチェリーレッドに紫色を帯びています。グラスからは、スミレの花、ブラックチェリーを思わせる果実の香りが素直に立ち昇ります。バニラ、クローブのニュアンスが溶け込む複雑な香り立ちです。口に含むと、凝縮した果実の自然な甘みに骨格のあるタンニンが調和したなめらか味わいから上品な余韻に繋がります。この2021ヴィンテージは、2024年の日本ワインコンクールで金賞を受賞した2019年ヴィンテージの岩垂原メルロに通じる、しなやかさと密度の高いぎゅっとした果実の味わいが印象的なワインに仕上がっています。牛肉とサツマイモとドライいちじくのバルサミコソテーと合わせるとバルサミコの濃くてたっぷりとした旨味を纏った牛肉の力強い味わいを岩垂原メルロががっちり受け止めているのが判ります。
「うん、本当に美味しいですね」
「牛ロースの肉汁の旨みを岩垂原が受け止めて、豊かなタンニンが甘く感じられます」
「動物性脂肪と力のあるタンニンのマリアージュですよね」
「マリアージュの基本中の基本ですが、見事に甘さに転換しています」
「サツマイモもドライイチジクもバルサミコも結構甘みが強いので、辛口の岩垂原メルロとバランスが取れるのかなぁ・・・・と思っていましたがサシと出会った岩垂原自体が甘く感じるので、全く違和感なく調和しています」
「バターでソテーされた芋が、カリカリと甘く焦げている所とも、岩垂原は良く合っています」
「サツマイモの焦げた所、バルサミコがキャラメリゼしている所、岩垂原の樽の少し焦げたタッチが見事に共鳴していますよね」
「料理とワインを飲み込んだあとに、鼻に戻ってくるフレーヴァーがこんなに心地良いのは感動的ですらあります」
サツマイモが美味しい季節です。是非是非、牛肉とサツマイモとドライいちじくのバルサミコソテーを作ってみてください。甘いタッチがお好きなら、芋の品種で「べにはるか」や「安納芋」をお探しください。そしてサントリーフロムファーム 岩垂原メルロとの素晴らしいマリアージュをご堪能くださいませ。



