今回のレシピは、夏野菜のグリーンカレー炒めです。グリーンカレーはレッドカレーと並んで、タイを代表するカレーの一つです。今回のズッキーニなど夏野菜のグリーンカレー炒めは、タイ料理の大家である鈴木都先生が「グリーンカレーペーストの、すっきりとした緑のニュアンスや、辛さがもっと強調されて楽しめる料理は無いだろうか?」と考案して頂いた料理です。カレーは漢字で書くと「咖哩」で、中国語でも咖哩です。英語でもフランス語でも curryで、本場インドでもcurryと表記されます。カレーはインド亜大陸のどこかで、インダス文明の頃に生まれたと考えられています。モヘンジョダロの遺跡では、乳鉢と乳棒が見つかっており、スパイスを叩いて細かくするために、使われたのだと考えられています。インドカレーに重要なスパイスはコリアンダー、クミン、ターメリックなどです。コリアンダーはセリの仲間で、南ヨーロッパ、地中海東部沿岸から小アジアと呼ばれる中東の北の地域の原産とされています。クミンもセリの仲間で地中海沿岸が原産と言われていますが、中東からインドまで広い地域で自生しています。ターメリックの和名はウコン「鬱金」で、ショウガ科ウコン属の多年草です。インドが原産で、インドでは紀元前から栽培されている重要なスパイスです。黒胡椒は南アジアと東南アジアが原産とされていて、少なくとも紀元前2000年からインド料理で使われたという記録があります。これらのスパイスは初期のカレーから使われていたと考えられますが、もうひとつカレーに重要なスパイスである唐辛子は状況が違います。トウガラシはナス科の植物で、中南米の原産です。コロンブスが1493年にスペインへ最初の唐辛子を持ち帰るまではユーラシア大陸に唐辛子は存在していないのです。なので、初期のカレーは唐辛子辛い筈は無いのです。唐辛子がインドにやってくるのは、1510年にポルトガル植民地帝国の交易所がゴアに設立された後です。
カレーが世界中に広まるルートですが、大きく分けて「インドから直接ルート」と「イギリスでカレー粉が発明されて、その粉と共に広がるルート」の2つがあります。冒頭の「カレーの言葉」の説明で、インドでもカレーと呼ばれる、とご説明しましたが、インドには「カレー」は、伝統料理の名前としては存在しません。日本のカレーと異なりトロミはありません。基本的にサラサラの液状か、トロミのように見える時は煮詰めて水分を減らしているかのどちらかです。このインド式のカレーは西へ、東へ広がって行きアフリカや東南アジアに到達します。
カレーの記述がヨーロッパで最初に確認できるのは、ポルトガル人の医師のガルシア・ダ・オルタが1563年に出版したColó dos simples e drogas da Indiaという書籍で、その本では「カリール」という料理として紹介しています。Coló dos simples e drogas da Indiaのタイトルは「シンプルなハーブとインドの薬についての対話」というような意味です。ガルシアは医師であり薬草学者、博物学者でインド総督の侍医もしていました。
イギリスは1600年に東インド会社を設立してインド支配を狙いました。オランダもフランスも東インド会社を作り対抗しますが、最終的にイギリスによって独占的に支配される事になります。インドのスパイスやハーブは大量にイギリスに運ばれ、カレーもイギリス本国で浸透していきます。でもこの当時はインド流のスパイシーな肉料理のカレーです。カレー粉の記述が最初に確認されるのは、1777年のシャーロット・メイソンが出版した「家庭料理のためのレディーズアシスタント」という本です。カレー粉の元祖はWest and Wyatt社ではないか?と言われています。West and Wyatt社は買収によりCrosse and Blackwell(C&B)になります。C&BのHPでは創業を1706年としています。C&Bのカレー粉は日本にも輸出されています。日本で最初にカレーの文字が文献上で確認されるのは、福澤 諭吉が1860年に出版した増訂華英通語という、英語と中国語の対訳の単語集に日本語の意味と発音を付けた本です。ちなみにカレーはコルリと記載されています。日本人が初めてカレーに出会ったのは三宅 秀(ひいず)です。日本初の医学博士の一人で、男爵で貴族院議員にもなった方ですが、江戸時代末期の1863年にフランスに派遣された横浜鎖港談判使節団で幕臣の田辺 太一の従者として随行しました。三宅の手記に炊事係のインド人達がジャガイモと唐辛子を煮てどろどろになったものをご飯の上に掛けて、手掴みで食べるのを見て「汚い」と記していますので、遠目に見ただけだと推測されます。日本人で初めてカレーの入った皿の前に座ったのは山川 健次郎です。彼は会津の出身で、若い時は白虎隊士で、後に物理学者になり東京帝国大学総長、九州帝国大学初代総長、京都帝国大学総長を歴任しました。1871年(明治4年)にアメリカへの官費留学生に選ばれ、渡米する船内でカレーライスなるものに出会いました。最初は、どろどろとしたカレーを食べる気になれず、ご飯のみを食べたとも言われています。日本で初めてカレーの調理法が紹介した本は西洋料理指南で、著者は敬学堂主人となっており、1872年(明治5年)に出版されました。西洋料理指南で、既に「カレーの粉」を入れトロミを付けるカレーだったようです。こうしてカレー粉+トロミで日本式カレーが進化して行きます。1876年(明治5年)に開校した札幌農学校の寮の食堂メニューにはライスカレーが有った事が記録されています。
今回はグリーンカレーペーストを材料で使っていますが、タイでもインド同様にカレーという料理はありません。外国人に判り易いようにカレーと表記されているだけです。
今回の夏野菜のグリーンカレー炒めでの肉は、鶏もも肉を使いました。夏野菜はズッキーニ、アスパラガス、インゲン、南瓜、パプリカ、オクラです。フレッシュハーブでバジルの葉とあとは市販のグリーンカレーペーストとナンプラーです。
さて、この夏野菜のグリーンカレー炒めにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはエスト レセルヴァ シラーでした。6月にアップしたパックブンファイデーン(空芯菜とベビーコーンのオイスターソース炒め)でも2位に輝いたワインです。エスト レセルヴァのエストの名称「エスト=Est」の由来はスペイン語で星(Estrella)の頭3文字から取りました。6月の記事でもお話しましたが、チリの星空は本当に綺麗です。昔、チリの生産者の、山あいにあるゲストハウスに宿泊した事があります。人里から離れたゲストハウスでしたので、家々からの灯りも届かず、ワイナリーまでの道にも街路灯が全くありませんでした。ゲストルームの横はユーカリの巨木の森があり、その茂みを抜けてぶどう畑に出ると、丁度新月だったので、それこそ満天の星々からの光がぶどう畑に降り注いでいました。天の川が濃密な光の帯になり、正にミルキーウェイであると納得出来ました。恐ろしいまでの個数の星々が光輝いていました。北半球で馴染のある北斗七星やWのカシオペア座は見えません。代わりに南十字星や、その横にケンタウルズ座が見えます。ケンタウルズ座は日本では人間の姿をしている上半身しか見えないのですが、全身がはっきりと見えます。太陽が沈んでそれほど時間が経っていなかったので、十以上の移動する星が見えました。一瞬、流れ星か?とも思いましたが、速度が遅すぎます。なんと人工衛星が同時に十個以上も見えるのです。もともと南半球は工業国が少なく、北半球に比べると空気が澄んでいます。その上、チリに届く偏西風が、チリの前に横切る国はオーストラリアで、その後、延々と太平洋を横断する間に、埃たちは海に落ちるのです。だから空気が澄み切ったチリの夜空が出来るのです。ちなみにSTUDIO KAMADAのHPの「人工衛星の位置」を見たら、自分が今見ている人工衛星が何の観測の為の衛星で、いつ打ち上げられたものか判ります。
エストはそんな美しい星空が見える夜にぶどうの収穫をするワインです。太陽の光を目いっぱい浴びたぶどうの実は、夜にゆっくりと眠り、果実味を蓄えます。強い太陽の光に照らされたぶどうの房の温度は上がってしまいます。昼間に収穫すると醸造に適した温度ではなくなってしまうのです。チリは夜になるとアンデスから冷たい風が吹くことが多いです。エスト レセルヴァは、その風に冷やされて適温になる夜11時~朝6時に収穫したぶどうを100%使用し新鮮なままワインに仕上げた星のチリワインなのです。このワインをグラスに注ぐと、色は濃くダークチェリーレッドです。香りも、色の濃いさくらんぼやドライプルーンを思わせます。甘苦系のスパイスや黒胡椒を連想させる香りもあります。口に含むとボリューム感のあるアタックが感じられます。酸は豊かで、肌理の細かなタンニンとのバランスの良い味わいです。夏野菜のグリーンカレー炒めを食べてグラスを鼻に近づけるだけで、シラーのスパイシーなニュアンスが広がります。夏野菜のグリーンカレー炒めを食べてワインを口に運ぶと、果実味がたっぷりと有ってフルボディながら優しさのある味わいです。ハーブやスパイスのアクセントが多層的に重なりあって複雑な美味しさを感じさせました。
「おお!スパイスを凄く強く感じます」
「バジルも鮮やかに香り立ちますね」
「なにか一つの香りが単純に強調されるのではなくて、数多くのハーブやスパイスの要素が、より立体的になって、奥行を感じさせています」
「ようこそ、スパイスワールドへ!って感じですね」
「バジルの緑のニュアンスがぐっと強まるのですが、青さが心地良いです」
「辛さも丁度良くて、まるで唐辛子チョコレートを食べているようで、好きです」
夏野菜の出盛りの時期で、美味しくて価格も手ごろです。皆様も、一度、夏野菜のグリーンカレー炒めを作ってみてください。茄子やとうもろこしなどを加えても美味しいですよ。そしてエスト レセルヴァ シラーとの素晴らしいマリアージュをお楽しみください。



