今回のレシピは、アスパラガス オランデーズソースです。筆者は毎年、4月にボルドーで開催されるユニオン デ グランクリュのプリムール試飲会と、それに先立ってブルゴーニュのドメーヌ訪問をしているのですが、ちょうどこの時期のボーヌの朝市や、ボルドーのスーパーマーケットでは、フランス産のホワイトアスパラガスが大量に並べられています。アスパラガスは多年生単子葉植物で、基本的には雌雄異株です。学名が Asparagus officinalis で、流通している名前と学名とが一致していると言う、割と少数派の植物です。日本語の植物図鑑を紐解くと、科名と属名はあまり耳慣れない名前で、キジカクシ科クサスギカズラ属と記されています。アスパラガスは漢字表記では、竜髭菜です。中国語での表記がそのまま日本に持ち込まれました。アスパラガスの和名はオランダキジカクシです。オランダ商船によって日本に運び込まれた、と言われていますが、もともと日本に自生していたキジカクシに良く似ていたのでオランダキジカクシの名前が与えられました。似ているのは当たりまえでキジカクシとオランダキジカクシは科も属も同じで、学名の後ろ部分が違うだけの極めて近い親戚です。スーパーで束にして販売されているアスパラガスしかご存じない方には、夏場のアスパラガスの畑を見ても、一体何の畑なのか判らないと思います。成長したアスパラガスは、超巨大なスギナのような形をしています。そうです。つくしんぼの後に出てくる、あのスギナです。大きなものでは1.5mくらいの草丈になります。ちなみにキジカクシは精々1mくらにしかなりません。キジカクシは北海道から九州の山地や平野部に点在しています。こんもりと茂りますから、雉が隠れる事が出来るので雉隠=キジカクシの名前で呼ばれました。アスパラは更に巨大に茂ります。スギナの様に茂っているのは葉ではなく茎が分枝したものです。葉はかなり退化していてスーパーで販売されているアスパラガスの茎に点々とある三角形のものが葉です。アスパラガスを栽培するのは大変手間が掛かります。皆さんが「自分の家庭菜園でアスパラガスを栽培したい!」と思い立って種を買って来た、とします。アスパラガスは春植えと秋植えがありますが、春植えのケースで時間経過を見ます。1年目、まず培養土をポットに入れ、種まきをします。草丈が5cmくらいになったら間引いてひとつのポットに1株にします。夏場は水やりをして地上部が育つのを待ちます。冬に地上部が枯れたら地上部を刈り取ります。2年目の春、畑の土を養います。まず土壌のpHを測ります。火山灰土壌だと酸性に寄っている事があります。何も手入れをしていない火山灰土壌だとpHが3.5から4.0位の事もあります。アスパラガスは、酸性土壌が嫌いなので消石灰などを撒きpHが6.0から6.5になるよう調整します。深く耕し、堆肥を沢山入れて、ふかふかの土壌になるようにします。更に元肥を入れ、畝を立てたら、ポットの株の根を解して広げて入るくらいの大きさに深さ5cmくらいの穴を掘って定植します。土を被せて地上部が育つのを待ちます。5月になると地上部はぐんぐん成長します。追肥を毎月1回施します。草丈が1m位になったら、支柱を立てて倒伏しないように守ってやります。大きくなると草丈1.5mくらいになります、晩秋から初冬にかけて地上部が枯れたら、地上部を刈り取り、追肥をします。2年目はこれで終わりです。3年目の春からアスパラガスの収穫が出来ます。出てくるアスパラガスを全部取ってしまうと地上部が無くなり地下の株が痩せてしまいます。なので、まだ太いアスパラガスが出てきている、未だ元気がある時に収穫は止めて、地上部を育てましょう。地下の株が大きく育つと10年目くらいまでは収穫出来ます。どうですか?大変が手間がかかるのがお判りいただけたと思います。このアスパラガスですが、自然に伸びて日光に当たるとグリーンアスパラになり、土寄せをして日光を遮る軟白処理をして育てるとホワイトアスパラになります。アスパラガスの品種としては、全国的に広く栽培されるウエルカム、太いグリーンタワー、長く伸びるさぬきのめざめ、紫色のバーガンディなどがあります。ちなみにフランス料理で時々でてくるアスペルジュ ソバージュは正確にはアスパラガスではありません。科は同じキジカクシ科で、属は異なるオオアマナ属です。アスパラガスの都道府県別の生産量は、農林水産省「令和5年産・作物調査(野菜)」を見ると、1位は北海道で、このところずっと首位です。2位以下は混戦ですが令和5年は熊本、佐賀、栃木、長崎の順でした。
今回のソースはオランデーズソースです。フランス料理は、ソースをとても重要視します。オーギュスト・エスコフィエは、1903年に出版された彼の著書「Le guide culinaire」で、数あるソースを6つに大別し、エスパニョール、ヴルーテ、ベシャメル、トマテ、オランデーズ、マヨネーズを母なるソースと呼びました。ソース エスパニョールは、大量の焼いた骨(鶏や仔牛)、牛肉の筋などの堅い部位のこま切れ、大量の野菜(玉ねぎ、にんじん、セロリ、赤ワイン、トマトペースト、トマトピューレ、ブーケ・ガルニ、ポロねぎの青い部分、パセリの茎などなど)を長時間煮詰めて煮詰めて、減った分はフォン ド ヴォーを足しながら更に煮詰めて作ります。料理名にエスパニョール ソースの名前がそのまま使われる事は少なく、エスパニョールをベースにアレンジしてソース アメリケーヌ、ソース ブールギニヨンヌ、ソース オ シャンピニョン、ソース シャスールやドミグラスソースを作ります。まさに母なるソースなのです。ヴルーテ ソースは色の淡いソースで、焼いていない骨からとれる透明なストックで作ります。小麦粉をバターで炒めて作るのは、次に紹介するベシャメルと同じですがベシャメルよりも少し薄茶色に仕上げます。ヴルーテはフランス語で「すべすべした、柔らかな、ビロードのように滑らか」という意味です。ベシャメルソースは小麦粉をバターで炒めて作るソースですが、出し汁を使わず、牛乳で白さを際立たせます。ソース トマテはトマトソースです。オランデーズソースは、今回のソースです。卵黄と水を湯煎しながら良くかき混ぜ、バターを少しづつ足しながら混ぜ、レモン果汁も入れて乳化させて作ります。今回の、アスパラガスにかけるソースの定番ですし、エッグベネディクトにも使います。
さてこのオランダ繋がりのアスパラガス オランデーズソースにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 塩尻メルロ ロゼでした。フロムファーム 塩尻メルロ ロゼは、サントリーが日本で持っている3つのワイナリーのなかで信州塩尻にあるワイナリーで醸したロゼです。サントリーでは、ひとつひとつのブランドに目標品質を設定して、その目標の達成に向けて、ぶどう栽培や醸造に取り組んでいます。塩尻メルロ ロゼの目標品質は「イチゴやチェリー、白桃や柑橘などの複数の果実を想起させる華やかなで甘やかな香り。口中の甘さと酸、ほどよい厚みのあるバランスのとれた優しくふくらみのある味わいが心地良い余韻に繋がるワイン」です。2023年ヴィンテージのロゼの醸造に取り掛かる前に、2018年から2022年の5ヴィンテージのロゼを比較試飲し、どうしたら目標品質に合致するワインが醸せるのかを検討しました。その検討の結果、従来の岩垂原メルロや塩尻メルロになる果汁のセニエ液で醸すロゼの他に、ロゼワインを狙ってつくりに行く直接圧搾法のロゼも合わせて醸造する事になり、最終的にその2つの原酒をアッサンブラージュしました。2023年は、気温はかなり高かったのですが、8月以降の降水量が極めて少なく、天候に恵まれました。そのおかげもあるのですが、大変良い出来のロゼに仕上がりました。色合いは紫が少しかかる淡めのロゼカラーです。2022年ヴィンテージと比較すると僅かに2023年の方が濃く、赤みも強い気がします。赤い色のベリー、特に佐藤錦などのさくらんぼを連想させる果実の香りに、穏やかなスパイスのタッチがあります。フレッシュさとまろやかさが共存した果実味が豊かで、しなやかな酸味のバランスの良い辛口です。一番最後のところで柑橘の果皮を思わせる心地良いほろ苦さが味わいを引き締めています。アスパラガス オランデーズソースと合わせると、アスパラガスの独特な風味を優しく包み込んで、引き立ててくれていました。
「ロゼとアスパラガスって、こんなに合うんですね」
「アスパラガスですから、イチオシに選ばれるのはソーヴィニヨン・ブランだとばかり思っていました」
「特にオランデーズソースをたっぷりかけて食べると、ロゼが抜群です」
「ソースの優しい甘さ感とロゼが良く合うんですね」
「卵黄って、奥底に硫黄の風味が潜んでいますから、ワインと、ぴったり合わせるのが結構難しいですよね。それが、この塩尻メルロのロゼは、本当に良く合っています」
「そうそう、堅茹で卵の黄身の部分の硫黄っぽい香りですよね。あの香りは、ワインの邪魔になる事が多いです。このロゼは、凄く馴染んでいるというか、オランデーズソースとの相性の良さを凄く感じます」
「アスパラガスに、シンプルに岩塩を付けて食べたら、ソーヴィニヨン・ブランの方に軍配が上がりそうな気がします」
「ホワイトアスパラガスにオランデーズソースだからこそ、塩尻メルロ ロゼが活きていると思います。このマリアージュ、大人な味わいですよね」
マリアージュ実験の時には、国内産のホワイトアスパラガスは手に入らず、ペルー産を使用しました。この記事がアップされる頃には国内産も多数出回っていると思います。皆様もホワイトアスパラガスをオランデーズソースでお試しください。そしてサントリーフロムファーム 塩尻メルロ ロゼとの素晴らしいマリアージュをお楽しみくださいませ。



