今回のレシピは、鰤大根 赤ワイン煮です。ブリはスズキ亜目アジ科に属する魚で、アジ科は48属170種位が所属する大きな科です。アジ科の有名な属はマアジ属、ムロアジ属、シマアジ属などがあり、これらはアジ亜科に属しています。ブリ属はブリモドキ亜科に属していて、ブリ属のなかにブリ、ヒラマサやカンパチなど9種が属しています。ブリ属の中ではヒラマサが最も大きく、様々な魚の世界一を記録しているIGFAによると、ヒラマサの世界一は体長2.5m、体重は96.8kgだそうです。カンパチの世界記録は1.9mで80.6kg、ブリは最大のものは1.5mの体長で40kgの記録があるそうです。ブリは美しい紡錘形で、体は丸っこく小顔です。ヒラマサはブリに良く似ていますが、ブリよりも体高が高くて、ブリよりも平らです。何よりも眼から尾っぽにかけて、美しい黄金色の縞がありますので、慣れれば見間違いません。腹鰭や尾鰭も、ブリよりも黄色っぽいです。カンパチはブリよりも大分顔が大きい感じで、全体的に長楕円形の印象があります。体色は黄色味を帯びており、体付きもブリより大分平らな感じです。水槽に入っているカンパチを水面方向から眺めると背鰭から眼の方向に漢数字の八が見えますので間八とか勘八と表記されます。旬の時期も違います。天然を前提にするならば、ブリは真冬が美味しく、ヒラマサの旬は春から夏、カンパチも春から夏が旬ですが、ブリに比べて旬とオフシーズンの味わいの差が少なく、小さめのカンパチは年中美味しいです。ブリは出世魚のひとつです。一番大きくなった時の呼び名は全国どこでもブリです。関東での呼び名は、小さい方からモジャコ→ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリで、関西では、ワカナゴ→ツバス→ハマチ→メジロ→ブリです。北陸の石川ではツバス、ツバイソ→コズクラ→ハマチ→フクラギ→ガンド、ガンドブリ→ブリです。富山はツバイソ→ツバス→コズクラ→フクラギ、フクラゲ→ガンド→ブリで同じ北陸ではありますが微妙に違いますね。島根ではモジャコ→ショウジンゴ→ハマチ→メジ→マルゴ→ブリ。九州の北部ではワカナゴ、ヤズ→ハマチ→メジロ→ブリです。本当に様々な呼び名があるのです。ブリを漢字で書くと鰤です。この「鰤」の文字は日本で作られた漢字だそうです。現在の台湾で「ブリ」の表記は「鰤魚」で、中国本土では「鰤鱼」ですが、この漢字は日本から逆輸入されたものです。中国で「魚師」と表記する魚は毒魚を指しますのでブリの事では無いのです。日本で「鰤」の文字を作字したのは、「鰤は寒くなると美味しくなる」「ちょうど師走頃に美味しくなる」ので師の文字を使ったのではないだろうか?と言われています。日本の古い文献には鰤の文字は登場しません。平安時代中期に作られた辞書である和名類聚抄に出てくる波里万知(ハリマチ)が、鰤の事だとされています。その後、室町時代に短縮されてハマチになり魬の文字が充てられました。ハマチは由緒正しいブリの名前なのです。1980年代の築地の場内の寿司屋さんでわたくしが「ハマチ」と注文すると板前さんに「うちは、天然ものしか扱わねぇんだ!」と気色ばまれた事がありました。大阪出身のわたくしはネタケースの中の小さめのブリを頼んだつもりだったのですが、関東ではハマチ=養殖物のブリの図式が定着していたのです。
農水省が2024年に発表したブリ類の都道府県別漁獲量(2021年)によると全国で1位は14,000tの北海道、2位は11,600tの千葉、続いて10,750tの長崎です。そして島根、岩手、三重、石川と続きます。ブランド鰤として有名な「氷見ブリ」を擁する富山県は、意外に少なく830tで24位です。1位の北海道で鰤が市場に出回るようになり始めたのは、ここ15年くらいの事です。最初の頃は鮭漁の定置網に本命の鮭に混じって漁獲されました。記録がのこっている羅臼港では2011年に5tだったものが2019年には692tにもなりました。しかし鰤を食べる習慣のない北海道の漁師達は、鰤をどう扱って良いのか判らず、野締めにして流通させました。当時の築地市場にも届けられ、販売されましたが、評判は、かなり悪かったです。その後、氷見の漁師の方に魚扱いを習い、船上で活締めをし、氷の当て方も丁寧にするようになり、飛躍的に価値が上がりました。ブランド化を進める所も出始めており、羅臼漁協の「世界自然遺産知床らうす産船上活〆鰤」や白糠の「極寒ブリ™」などがあります。
今回は、真冬に美味しい鰤を使って鰤大根 ワインバージョンを鈴木薫先生に作って頂きました。2人前で赤ワインをなんと200ml使いましたのでワインとの相性は、ばっちりです。もうひとつの主役の大根ですが、今回は加賀野菜の源助大根を使いました。源助大根は青首大根の改良品種です。源助大根は育種された方は判っています。金沢市の海岸に程近い打木町の松本佐一郎さんです。打木には打木大根という伝統的な大根があったのですが、栽培するのがかなり難しかったそうです。そこで、愛知県の井上源助さんの宮重系青首種を分けてもらい、それと打木大根とを、毎年毎年掛け合わせ続けました。打木大根自体は現存していないようなので姿かたちは正確には判りませんが練馬系なので細長い大根だったと思われます。松本佐一郎さんは10年がかりで固定選抜に成功し打木源助大根と名付けました。1942年、第二次世界大戦の真っただ中の頃でした。源助大根は柔らかくて甘い大根で、長時間煮ても煮崩れません。12、3年前に石川県銭屋五兵衛記念館で「加賀野菜と篤農家松本佐一郎」の特別展示会が開かれていたことがありました。会場には松本氏の写真も飾られていました。その優しく穏やかな笑顔をみていると、わたくしが敬愛するブルゴーニュの故クリスチャン セラファン氏に良く似た雰囲気だなぁ・・・と思いました。はじめてクリスチャンに会った時は、手塩にかけてワインづくりを仕込んだ息子を事故で失ったばかりで、また、雹で大打撃を受けたヴィンテージの試飲の時でした。クリスチャンに「大変でしたね、おかけするべき言葉が見つかりません」と申し述べると、クリスチャンは「毎日畑に立って、ぶどうと向き合い続ける事が出来て幸せだ。すべては神様の思し召しの通りなんだよ」と、寂しげに、そして優しく微笑まれました。松本佐一郎の特別展示会には松本氏の「農の秘訣」が飾られていました。そこには「天を敬い、地に親しみ、作物を愛することが農の秘訣」と記されていました。達人の域に到達された方々は、皆、同じ境地に至るのだなぁと思いました。
鰤はバターで焼き色を付けます。同じフライパンにバターを足して大根の両面にもしっかりと焼き色を付けます。鰤を戻して赤ワイン、にんにくを加えて一度煮立たせ、水を少量、丁度ひたひたになるくらいに入れ、醤油、蜂蜜、タイムを加えて落し蓋をして、弱火で大根が軟らかくなるまで煮ます。煮込む時間はかかりますが、そんなに手間の掛かる料理ではありません。
さて、この鰤大根 ワインバージョンにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 岩垂原メルロでした。サントリーフロムファーム 岩垂原メルロは塩尻ワイナリーのフラッグシップワインです。塩尻は松本盆地の南側上流域の松本平(まつもとだいら)にあります。松本平は長野県歌である「信濃の国」の1番で「松本,伊那,佐久,善光寺,四の平は肥沃の地」と歌われており、4つの平の中で面積最大です。松本平を潤す大きな川は梓川と奈良井川です。梓川は奈良井川と合流して犀川と名を変え、流れ下って千曲川から信濃川と呼ばれるようになります。信濃川は、皆様も良くご存じの日本で一番長い川です。梓川の「梓」とは樹木の名前だった言葉で、その梓の樹が沢山生えていたから梓川と呼ばれたそうです。「梓」の樹は堅くて粘り気があったので梓弓や版画の版木に使われたと記されています。しかし、現在では梓と呼ばれる樹は見当たらず、どの科のどの種なのかは判然としません。梓川は北アルプスの槍ヶ岳を源流に上高地を経て松本駅の北北西5kmのところで奈良井川と合流します。奈良井川は中央アルプスの主峰木曽駒ヶ岳の北にある茶臼山が水源です。塩尻市から松本市を流れる時に東側の田川と西側の鎖川と合流します。梓川は7段もある河岸段丘が有名で、みなさんの社会科の教科書にも登場したかと思います。梓川河岸段丘の一番川面に近い段丘が押出段丘で非常に広大に広がっていて鎖川も乗り越えて広がっています。奈良井川が形成している左岸サイドの河岸段丘さえも一番下は押出段丘とされています。※現代では護岸工事が施されているので、川の流路は固定されていますが、昔は大洪水の度に川の流れは変わり、扇状地に流れ着いた土砂が堆積する場所が変わりました。またこのエリアは大構造線の傍で地震の巣窟でもあります。地震の度に隆起沈降が起こり川床の高さも変わりました。
塩尻エリアのぶどう畑では、有名なのは桔梗ヶ原や岩垂原です。桔梗ヶ原はJR塩尻駅の周辺で奈良井川の右岸サイドになります。表面から60cmくらいは黒ボク土が堆積していて栄養に富み、保水力があります。その下は砂礫になります。岩垂原は表層の下は砂で黒ボク土は見られません。その下は礫、更に掘ると大きめの石がごろごろしているので「岩垂原」の名前が与えられたのです。なので岩垂原では大規模に土壌改修をしないと水田を作る事が難しいくらい水捌けが良く、果樹やレタスが多く栽培されていました。乾燥土壌を好むぶどう栽培にはとても良い場所なのです。
今回のマリアージュ実験に使用した岩垂原メルロは2019年です。このワインは日本ワインコンクール2024で金賞を頂戴しました。春先の気温は平年よりも4℃も低く、塩尻全体として萌芽が7~10日ほど遅れました。その後は順調で特に9月は降水量が平年の28%と、極めて少なく、晴天が長く続きました。逆に10月に入り、大型台風の直撃と集中豪雨により平年の倍以上の降水量となりました。成熟が遅れていましたので、辛抱強く成熟を待って収穫しました。厳しかった10月にもかかわらず、ぶどうは糖度が高く、種までよく熟した健全な果実を得ることが出来た年でした。グラスに注ぐと、やや濃いめのラズベリーレッドです。青色から黒色の果実を思わせる香りと、日本のメルロの特徴ともいえる針葉樹やシダの葉のニュアンスがあります。そこに樽由来の甘香ばしいスパイシーさが溶け込んでいます。しっかりとした骨格を感じさせる緻密な果実味と、豊かな酸味、滑らかなタンニンの程よいバランス感の顕れた赤ワインです。
鰤大根 赤ワイン煮と合わせると、鰤の脂と岩垂原メルロのきめ細かなタンニンとが出会って甘さに変化します。
「これは美味しいですね」
「赤ワインとは全般的に相性が良いなぁと思いながら実験をしていましたが、この岩垂原メルロとのマリアージュは、明らかにステージが違いますね」
「鰤が滅茶苦茶美味しくなりました」
「鰤の身の味わいの奥行、コクが半端ないですね」
「合わせる事でコクも深まりましたが、脂分たっぷりの旬の鰤でも、岩垂原の針葉樹的なニュアンスで口中に清涼感も漂うのですね」
「血合いの部分の鉄っぽさって、普段はちょっと苦手なのですが、この組み合わせだと美味しいなぁと思いました」
「なにより、全部の素材の美味しさを吸い込んだ大根と本当に合います」
「岩垂原メルロが持っているアーシーさと根菜の本源的な味わいが合うのですよ」
鰤は真冬が美味しい魚です。皆様も是非、鰤大根 赤ワイン煮に挑戦してみてください。そして岩垂原メルロとの素晴らしい相性をお楽しみください。
※農水省関東農政局 中信平二期農業水利事業hp 「梓川の河岸段丘図」



