今回のレシピは、鮟鱇のフリットです。アンコウはアンコウ目アンコウ科に属する魚で、鱈の遠縁の親戚です。日本で食用にされるのはキアンコウとアンコウで、ヨーロッパではニシアンコウ、北米ではアメリカアンコウが食用にされます。この4つのなかではニシアンコウが最も大きく2mを超える個体を見たことがあります。鮟鱇は、英語ではGoosefishやAngler fish、 Monkfishと呼ばれます。Gooseは鵞鳥ですから魚体の形からそう呼ばれるのでしょうね。Angler fishは後ほどお話する鮟鱇の餌の獲り方からです。Monkfishは諸説あって、僧侶の外套に似ているから、とか僧侶が丸のままの魚が欲しいと言った時に鮟鱇が与えられたからだ、とか色々な説があります。フランス語ではLophiidaeでギリシャ語の「lophos=紋章」が語源になっているそうです。イタリア語ではRana pescatrice、スペイン語ではRapeです。日本での呼び方は鮟鱇の他にあんこ、あんごう、あんこおなどとも呼ばれています。相撲取りのまるっこく太った力士を指す「あんこ型」は鮟鱇から来ているそうです。ちなみに「あんこ型」に対になる筋肉質の痩せ型を指す「そっぷ型」のそっぷは鶏ガラの事です。どちらもちゃんこ料理の重要な食材なのです。日本で食用にされるキアンコウとアンコウは、外見はそっくりで、魚市場でも仲卸によっては、両方とも鮟鱇で売っていたりしていますが、属が違う魚なので分類学上は、少し遠めの親戚です。キアンコウもアンコウもぶよぶよとした肌で鱗はありません。鰭が泳ぎ用ではなく、海底を這い回る為に進化しました。鶴岡市立加茂水族館やアクアマリン福島などで展示されていて、動きが少ない魚なのであまり動かないのですが、運が良ければ這い回る様子を観察する事が出来ます。鮟鱇のもっと面白い習性は、釣りをする事です。鮟鱇の鰭は歩くように進化したので泳ぐのが下手です。背びれの一番口に近い背鰭第1棘が長く発達していて、その先端には、皮膚がひらひらの細長い布状に進化しておりthe escaと呼ばれています。餌を食べる時には、鮟鱇は砂地に潜り込み、背鰭第1棘と口だけを砂から出します。そして、長い背鰭第1棘を動かします。そうすると、まるでゴカイが泳いでいるかの様に見えるのです。餌と勘違いした小魚の方が鮟鱇の口の目の前に来たところを大きな口を、一気に開けて丸呑みにするのです。鮟鱇の仲間は基本的にメスの方が大きいです。なかにはミツクリエナガチョウチンアンコウのように雄が雌に寄生するものまでいるのです。キアンコウの雌は最大1.5mくらまで成長しますが雄は精々50cmちょっとです。先程キアンコウとアンコウは、外見はそっくりと書きましたが、アンコウは余り大きくならず60cmくらいのものが流通しています。味も断然キアンコウの方が美味しいです。鍋用などで、ぶつ切りで売られていると判別の仕様が無いですが、アンコウの口の中には大きな白い丸い模様がいくつかあり、キアンコウは小さな丸が無数にありますので判別は難しくありません。仲卸によってはキアンコウをホンアンコウ、アンコウをクツアンコウときちんと分けて販売しているところもあります。鮟鱇はグネグネしていてまな板の上では捌きにくいので吊るして口から胃に大量の水をいれて空中で捌き、その捌き方を吊るし切りと呼びます。鮟鱇は捨てる所が無い魚と良く言われます。みなさんは鮟鱇の七つ道具という言葉をご存じですか?その七つとは、柳、皮、水袋、肝、布、鰓、トモです。柳は身の部分で台身とも言います。ピンク色をほんのりと帯びた白身で脂がほとんどありません。少し水分は多めですが上品な白身で高タンパク低カロリーです。水袋は胃袋、布は卵巣ですが、鮟鱇の卵巣は普通の魚の卵巣の形状と違い、一枚の布のような形なので布と呼ばれます。鰓は普通の魚では捨ててしまいますが鮟鱇の鰓は柔らかくて美味しいです。トモは鰭です、胸鰭の根本が一番美味しいです。そして肝は鮟肝です。海のフォアグラとも呼ばれる絶品です。
古くは「東にマナガツオなく、西にアンコウなし」という諺もありましたが、1970年台の後半の大阪市の十三(じゅうそう)という繁華街には鮟鱇鍋のある店があって、冬場は毎日夕方になると巨大な鮟鱇を大将が吊るし切りにしていました。東の名店神田須田町の伊勢源は天保元年(1831)の創業ですから、開店から、もう200年近くになります。昔は、鮟鱇は三鳥二魚のひとつで水戸藩から徳川家への献上品でした。江戸湾や千葉で獲れた鮟鱇は手頃な価格で庶民も食べていたようです。鮟鱇の味付けですが、江戸風は醤油味です。伊勢源や昔、築地にあってあんこう煮が有名だった「かとう」も醤油味でした。茨城の大洗からいわきにかけての常磐エリアも鮟鱇の名産地です。このエリアでは「どぶ汁」と言って鮟肝を煎り焼きにして味噌と練り合わせ野菜と鮟鱇の7つ道具だけで、水を入れずに鍋に仕立てる濃厚な鍋があります。焦がさず鍋にするには料理人が付きっ切りにならないと出来無いので、あまり出会える機会は少ないのですが、鮟鱇の最高の鍋です。農水省のうちの郷土料理に掲載されている鮟鱇料理は茨城県「あんこうの共酢」と福島県「あんこうのとも和え」の2つです。産地化に成功しているのは茨城県大洗と青森県の風間浦と山口県の下関です。どこの都道府県が一番多く鮟鱇を水揚げしているのかは、農水省年魚種別次別統計の魚種の項目に鮟鱇が入っていないので正確には判りません。豊洲の仲卸の方に聞くと「豊洲には北海道産が一番多くはいっていて、次は青森産」との事でした。ネット上で検索していると「下関港が鮟鱇の水揚げ日本一」とかの記事もあるのですが、データソースが明記されておらず、正確かどうかが判別付きませんでした。島根県の浜田港でも多く水揚げされているようです。
今回は、この鮟鱇をフリットにします。鮟鱇は一口大に切り分け塩胡椒で下味をつけます。衣はスパークリングワインで溶いてふわっと、かつ、かりっとなるようにします。ソースは鮟肝と生クリームで濃厚に仕上げます。
さて、この鮟鱇のフリットにテイスティングメンバーが選んだイチオシワインはサントリーフロムファーム 津軽 シャルドネ&ピノ・ノワール スパークリングワインでした。このワインは登美の丘ワイナリーの醸造家だった吉野弘道の「津軽のぶどうで世界に誇る瓶内二次醗酵スパークリングを醸したい」という熱い思いが原点でした。吉野は「津軽という産地は、フランスのシャンパーニュ地方に似た気候で、シャルドネ、ピノ・ノワールもつくられている。今後この産地で、日本の中でもトップクラスの瓶内二次醗酵スパークリングが作れるのではないか?津軽という産地を想わせる、りんごのような甘さと酸、爽やかでゆったりとした果実感。これは、シャンパーニュの様な緊張感のある酸とは違った、日本らしいニュアンスになるに違いない!」と思ったそうです。
吉野は「10年で世界に伍するスパークリングワインをつくる!」と宣言し2017年からスタートする事になりました。初年度はピノ・ノワール100%でロゼをつくり、かなりの手応えを感じました。今回使用した3年目の2019年は、よりスパークリングに適した収穫時期への変更に向けて栽培農家の太田勇蔵さんと話し合いを重ねました。太田さんはリンゴ農家に生まれました。若いころは東京で音楽関係の仕事をしていました。美空ひばりさんのマネージャーをしていた時に、ひばりさんからロマネ・コンティを飲ませてもらい感動し「自分もこういうワインをつくりたい」と思うようになりました。お父さんが急に亡くなり、故郷に戻りリンゴを栽培する傍ら、サントリーの呼びかけにお答えいただく形で醸造用ぶどうにも取り組んでいただきました。それは1980年代の事でした。2019年は9月下旬以降定期的な降雨はありましたが、全体的に健全な状態で収穫できた年です。シャルドネ80%、ピノ・ノワール20%の品種配合で36ヶ月の間、瓶内2次醗酵とそれに続く熟成を実施しました。今回のマリアージュ実験ではその2019ヴィンテージを使用しました。
グラスに注ぐと、キメの細かいムースの様な泡立ちと、しっかりと緑の見える若々しく淡いシャンパンゴールドです。青りんご、黄色いりんご、蜜りんごなどの多彩なりんごを連想させる香りと、キレのある柑橘系のトップノートがあります。熟成によるカリッと焼けたトーストのニュアンスが魅力です。ギュッと詰まった緻密な果実味と、引き締まった酸味で、津軽のポテンシャルを感じる事が出来る、力のある本格辛口スパークリングワインです。まずは鮟鱇のフリットにソースを付けずに津軽スパークリングワインと合わせます。鮟鱇の繊細な素材としての甘さが、軽やかな辛口のスパークリングワインによって引き立てられます。衣の香ばしさと、長期に瓶内熟成されたトーストのようなタッチとが共鳴しています。鮟肝ソースを付けて合わせると、肝のコクで別の料理に感じられるくらいに変化しました。肝の旨味やコクが津軽スパークリングによって、長く長く続きます。
「味わいが伸びますね」
「余韻がずっと続いて、心地良いです」
「鮟鱇って、本体の見た目とは全然違って、繊細でエレガントな味わいなんですね」
「身には脂が殆ど有りません。身だけを静かに煮込むと、濁りの無い透明な極上のスープが取れます」
「それとコントラストのある濃厚な肝。カワハギもそうですが、肝と共和えにすると美味しいですよ」
「でも、鮟鱇は刺身では、食べませんよね」
「鮟鱇の身は水分が多くて、そのまま刺身にすると味が無い感じになるのですよ」
「鍋や唐揚などで水分を飛ばしてあげると、抜群に美味くなるのですね」
鮟鱇の旬は12月から2月位と言われています。この時期は普通のスーパーでも「鍋用」としてぶつ切りが販売される事もあると思います。鮟鱇を見かけられましたが、是非、この鮟鱇のフリットを思い出してください。そして津軽スパークリングワインとの抜群の相性をお楽しみくださいませ。
※公式オンラインストア限定発売商品



