ワインって難しい・・・?
世の中で広く言われるワインの常識を、ワインのプロが実際に検証!
毎月1つのテーマに絞って連載していきます。

  • ワインの産地編

バックナンバーはこちら

ワイン史を塗り替えた産地

2021年04月

先日、スティーヴン スパリエ氏が亡くなったというニュースが流れました。皆さんはスティーブン スパリエ氏をご存知でしょうか?日本にもあるワインスクール”アカデミー・デュ・ヴァン”の創始者としても知られていますが、なんといっても彼を世界的に有名にしたのは、1976年に行われた「パリ・テイスティング(「パリスの審判」とも言われる)」です。簡単に説明すると、当時、世界最高峰だと世界中の殆どの人が信じて疑わなかったフランスの最高級ワインと、カリフォルニアのワインを、フランス人のテイスターが目隠しで比較テイスティング&評価した結果、赤(カベルネ・ソーヴィニヨン)も白(シャルドネ)も1位がカリフォルニアのワインだったという事件です(スパリエ氏はその主催者)。
この事件は、単にカリフォルニア(をはじめとする新興国)のワインの品質の高さを世界に認めさせたというだけではなくて、これ以降に伝統国と新興国の人材や技術・情報の交流がどんどん盛んになっていったり(この後すぐに世界初の新旧世界のジョイントであるオーパス ワンが登場)、世界でつくられるワインの味わいスタイルがより果実味があり飲みやすい方向に寄っていったりと、世界のワイン業界全体が大きく変化するきっかけになりました。現代ワイン史の中でも最重要の歴史の転換点の一つと言えると思います。
そして、その時1位となったカリフォルニアのワインは赤白共に同じ産地のものでした。今回は、今となってはアメリカを代表する高級ワイン産地に成長したその”ナパ ヴァレー”を取り上げたいと思います。

目次
  1. 【ナパ ヴァレーの気候特徴と代表的な産地】
  2. 【ぶどう品種】
  3. 【ワインのスタイル】
  4. 【代表的な1本のおすすめ料理】
  5. 【代表的な1本】

【ナパ ヴァレーの気候特徴と代表的な産地】

カリフォルニア州はワイン生産に適した地中海性の気候に恵まれています。地中海性気候は温暖で乾燥した気候。ぶどうが苦手な雨は、ぶどうの生育期間である春から秋にかけては非常に少なく、生育期間の日照にも恵まれるため、病気が少なく健全で完熟した素晴らしいぶどうが収穫出来ます。

ナパ ヴァレー(Napa Valley)はそんなカリフォルニアにあって、サンフランシスコのすぐ北に位置し、東はヴァカ山脈、西はマヤカマス山脈という2つの山脈に挟まれた南北に細長い渓谷。谷と言っても日本の様な急峻なものではなく、わりと平坦でなだらかな感じで、谷の底部分(ヴァレー フロア)と、東西の山脈の斜面に畑が広がっています。なんとなく日本だと、渓谷の奥に行くにしたがって標高が上がって涼しくなるような気がしますが、カリフォルニアでは正反対。カリフォルニアの涼しさは、沿岸を流れる冷涼なカリフォルニア寒流からの冷風と霧によってもたらされるため、海に近い渓谷の入口側が冷涼で、渓谷の奥に入るほど温かく乾燥した気候になるのが特徴です。これは、2回目でお話したチリの海岸部とも共通するアメリカ大陸の西海岸共通の特徴ですね。

アメリカではEUのA.O.P.にあたる原産地呼称をA.V.A.(American Vitivultural Areas)と呼びますが、ナパ ヴァレー(ナパ ヴァレー自体もA.V.A.です)にはアメリカを代表するような著名なA.V.A.が目白押し。

有名なものを挙げると、オーパス ワンがあるオークヴィル(Oakville)、1976年のパリ・テイスティングで赤ワインの1位となったスタッグス リープ ワイン セラーズのあるスタッグス リープ ディストリクト(Stag's Leap District)、同じく白ワインの1位となったシャトー モンテレーナのあるカリストガ(Calistoga)、谷の入口にあり海に近く冷涼でスパークリングワインやピノ・ノワールで有名なロス カーネロス(Los Carneros)、1本ウン万円もする多くのカルトワインをうむラザフォード(Rutherford)などなど。ぶどう畑と高級ワインをうむワイナリーがこれだけ密集しているエリアは、ボルドーやピエモンテなどのヨーロッパの著名なワイン産地以外では他にちょっと思い当たりません。アメリカの成功者の夢の一つはワイナリーのオーナーになる事だと言いますが、ナパ ヴァレーにワイナリーを持てるのはその中でも一握り(映画監督のフランシス フォード コッポラなどが有名)。それだけの高い評価を得ていますので、ナパ ヴァレーはぶどう畑の地価が高い事でも有名です。

【ぶどう品種】

ナパ ヴァレーはぶどう栽培に適した気候に恵まれているため、色々な品種のぶどうが植えられて成功していますが、何と言ってもこの地区を代表するぶどう品種はカベルネ・ソーヴィニヨンです。秋に好天が長く続き、ぶどうの完熟をどこまでも待つ事が可能なこのエリアの気候は、晩熟品種で、もし完熟出来なければゴツゴツとした厳しいタンニンと、独特のピーマンのような青臭い風味が残ってしまうリスクのあるカベルネ・ソーヴィニヨンにとってはまさに最適。

中でもナパ ヴァレー全体の中央部に位置し、バランスの取れた気候を持つスタッグス リープ ディストリクト、オークヴィル、ラザフォードと言った著名なA.V.A.は、豊かさと気品を兼ね備えた素晴らしいカベルネ・ソーヴィニヨンの産地として広く知られています。

もちろんシャルドネ、ジンファンデル、メルロ、ピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブランなど他の品種も素晴らしいという声があるのもわかりますが、これらの品種はカリフォルニアの他のエリアにも凄いものがあるので、ナパ ヴァレーとしては、カベルネ・ソーヴィニヨン程のインパクトや存在感を出せていないような気がします。

 

【ワインのスタイル】

このエリアのカベルネ・ソーヴィニヨンは、濃密なカシスリキュールや甘いヴァニラ、エスプレッソコーヒーやミントチョコレートなどを連想させる力強い香りと、恵まれた気候から来るタップリとリッチでとろけるような甘い果実味、スベスベの絹のように細やかなタンニンが魅力です。ボルドーのように、ブレンドでカベルネ・ソーヴィニヨンの厳しさをメルロの果実味で包んでバランスを取る必要もありません。カベルネ・ソーヴィニヨン100%で恐ろしいほどに飲みやすく、でも飲み応えがあり、甘い果実味と豊かなボディを持ちながら、この品種の最大の魅力である涼やかな高貴さも失いません。高いぶどうの熟度からアルコール度数も高めで、15%を軽く超えるようなものもワリと普通に見られますが、あくまで滑らかにスルスルと飲めてしまうのが危険なところです。

相反する要素を矛盾する事なく内包するのは、世界の最高峰のワインたちに共通する点です。そう考えると、スタイルの好みはあるとしても、質の点でナパ ヴァレーが世界最高峰のカベルネ・ソーヴィニヨンの産地の一つであるという事に異論のある方は少ないと思います。

【代表的な1本のおすすめ料理】

img_956_4.jpg

▶牛肉のソテー 八角風味(写真:中本 浩平)

img_956_5.jpg

▶チキンケサディーヤ

 

ナパ ヴァレーのカベルネ・ソーヴィニヨンと言えば、やはり牛肉が頭に思い浮かびます。タップリの果実味と滑らかなタンニンのワインが極上のソースになりますので、シンプルなステーキもとても美味しいのですが、アメリカ的な甘めのソースのバーベキューや、テックスメックススタイルのお肉料理との相性は他の国のカベルネ・ソーヴィニヨンではとても太刀打ち出来ないピッタリ感があります。

もう一つ、ナパ ヴァレーのワインの最大の顧客はアメリカ国内の人たちですので、彼らが好む、タップリ果実の甘めのものが多いのも事実。こういったスタイルの赤ワインは実はアジア系の肉料理との相性がとても良いのです。僕がこれまで一番美味しいと思ったナパ ヴァレーのカベルネ・ソーヴィニヨンのお相手は、黒酢を使った酢豚でした。

【代表的な1本】

img_956_6.jpg

ウィリアム ヒル ナパ ヴァレー カベルネ・ソーヴィニヨン

ウィリアム ヒルはナパ ヴァレーの南東部、シルベラード・トレイル沿いに位置するワイナリー。この産地らしい完熟した濃密な果実感と、チョコレートやスパイスを連想させる甘い風味が愉しめる、リッチな味わいです。

上にもどる

ワインの産地編バックナンバー