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キャンペーン・イベント 2022年6月16日

「父へのメッセージ 2022」入選作品を発表いたします。

入選全10作品をご紹介いたします。

「父の日に、言葉を贈ろう。」
山崎倶楽部では、6月19日(日)の父の日に向けて
恒例企画となった「父へのメッセージ」を募集いたしました。
今年もたくさんのご応募をいただき、誠にありがとうございました。

本当に想いのこもった素晴らしいエピソードばかりで
毎年のことながら愉しくも悩ましい審査になりましたが、
ひとつひとつのエピソードをじっくり拝見し、
最優秀賞3名様に山崎蒸溜所限定ロックグラス「山崎の四季をめぐりて」を、
優秀賞7名様には「山崎うすづくりタンブラー」を贈呈いたしました。

入選全10作品をここに発表させていただきます。
さまざまなご家族、さまざまなお父様のエピソードに触れることで、
読者の皆様にとっても父の日が豊かな一日になれば幸いです。

最優秀賞3名様

最優秀作品

kaneta さん

山崎蒸溜所 藤井敬久工場長 推薦作品

お父さんへ お父さんとお母さんが離婚して、母へついて行った私は、なんとなく、お父さんに会うことに引け目を感じていました。そのせいか、小中高の学生時代は一度も会うことがありませんでしたね。それでも、誕生日やクリスマスの時期になるといつも、こっそり素敵なプレゼントを届けてくれてたよね。そんな感じで私も20歳を過ぎた頃、地元の飲食店にお父さんのキープボトルを見つけました。店主にお父さんの近況を聞き、元気だと知って安堵し、少しだけボトルの中身を飲ませてもらいました。それが私のウイスキー「山崎」との出会いでした。その後、暫くしてまたお店に行くと、お父さんのボトルの隣には新品の「山崎」がありました。また、こっそりとプレゼントしてくれていましたね。あれは嬉しかったなぁ。あれからずっと、お互いに山崎のボトルを送り合って10年になるかな。いまだに顔は見れていないけど、私はそれがとても楽しいよ。今さら、会って一緒に飲みましょう!はお互い恥ずかしいけど、いつか念願の山崎18年、一緒に飲みたいね。それまで、山崎のボトルを通じて親子の会話?していこうね。もっとずっと、長生きしてね。

10年にわたる山崎ボトルを通じた親子の会話。お互いのことを想いつつも、「会って一緒に飲もう」とは言えない。何となくわかる気がします。
今回の受賞が、お父様と顔を合わせて語り合えるきっかけになればと心より願っております。

山崎蒸溜所工場長 藤井敬久

最優秀作品

しゃけおにぎり さん

僕には生まれた時から父親がいなかった。未婚の母だったからだ。そんな僕に父親ができた。妻のお義父さん(とうさん)だ。とうさんとの出会いは、7年前。僕は妻との結婚を許してもらおうと彼女の実家に伺った時だ。「ゆみさんと、結婚させてください。」そう言う僕に、とうさんは山崎をたっぷり注いだグラスを何も言わずに差し出してきた。無言で山崎を一杯頂き、お互いがほんのり赤くなってきたところで、「わかった」そう言ってとうさんは立ち上がり別の部屋に行ってしまった。後々になってお義母さんから、娘の結婚相手と山崎を一緒に飲むのが夢だったとのこと、自分が本当の父親のようになりたいと思ってくれているとのことを聞いた。不器用なお父さんらしいと妻は笑っていたが、僕は嬉しくて泣いた。そして、とうさんとバイクや釣りの共通の趣味が判明し、週末は一緒に出掛けるようになった。呼び方もお義父さんからとうさんに。僕の夢は「娘が結婚相手を連れてきたら、とうさんのように山崎を一緒に飲むことです」と伝えたら、とうさんは山崎の入ったグラスをカランと鳴らせながら笑っていた。とうさん、あなたは僕の憧れです。ありがとう。

最優秀作品

さき さん

結婚が決まった。直接は言ってこないが、いつも母から幸せになれるのか、本当に大丈夫なのか、、、、いろんな私への心配の言葉を聞いていた。プロポーズされたよ、いっぱいの薔薇をもらったよ!と父が薔薇が好きだからもらった薔薇を見せたら、珍しいから育てたいって、照れ臭いけどそう言われたことが嬉しくてすぐにプロポーズでもらった薔薇の茎を実家に送った。母から、結婚式に俺が育てた薔薇を持たせるんだって一生懸命育ててるよと聞いた。そんな父と、彼の挨拶。なかなか彼が切り出せずに気まずい食事をした後に、実は今日、山崎12年を彼に渡すつもりだったと父が言い始めた。私の苗字である山崎を、彼にあげるというサプライズをしたかったが持ってくるのを忘れたらしい。その場では笑ったが内心寂しく、嬉しく思った。結婚して苗字が変わっても、いつまでも父と母の娘で、山崎という旧姓を大切にするね。いつも心配してくれてありがとう、酔っ払うと薔薇にいっぱいお水をあげて成長を見守ってくれてありがとう、何歳になっても手を繋いで歩くお父さんとお母さんみたいな2人になるように頑張るね。家に帰ったら山崎で乾杯してね。

優秀賞7名様

優秀作品

はーくんパパ さん

親父。少年野球を始めた頃は、日が暮れるまでキャッチボールに付き合ってくれたよね。「今日は絶対に早く帰るから、待っといてくれ!」そう言って仕事に向かう親父の背中を今も覚えているよ。それまではボールを握った事もなかったんだろ?「あいつが野球したいって言うから俺も勉強する。」ってたくさんの本を読んでいたこと、大人になってからお袋が教えてくれたよ。そんな親父の気持ちが今なら分かる。うちの子は最近、サッカーを始めたんだ。「お父さん、一緒にやろう!」そう誘われると「できない。」だなんて言いたくないよな。親父を頼ってくれるなら全力で応えてやりたいって思うよ。今、俺はあの頃の親父と同い歳。今でもその気持ちが変わらないままでいてくれている事、ちゃんと分かっています。しばらく実家に帰れてないけど、大きくなった孫と会えるのを楽しみに元気でいてくれよな。その時にはゆっくりお酒を交わしましょう。

優秀作品

こばたく さん

去年、父が定年退職した。父はいつも仕事で忙しく過ごしていたが、たまに時間が空いたら家族の時間を作ってくれた。だから父は約40年間、自分のやりたいことをやる時間がなかった。そんな父が定年退職後、「ずっとやってみたかった」という2つのことを始めた。1つは登山。比較的のぼりやすい低い山には母と登る。父は機械が苦手だけれど、やっと作ることができた妻との時間を記録に残したいのか、ウェアラブルカメラを勉強して自分の胸に装着し、妻や景色の映像を撮る。それは誰に見せるわけでもなく、自分で楽しんでいるようだ。2つ目は意外なことだった。父は酒が飲めない。それなのに、「実はお前と酒を飲んでみたかった」とある夜に突然、右手に山崎、左手に麦茶を持って帰ってきた。“大人になった息子と酒とともに男同士の話をする”ということに憧れていたそうだ。私には山崎、自分には麦茶をグラスに注ぎ、初めて2人だけで数時間話し合った。私はほろ酔い、父も心なしかほろ酔いのような様子で語り合い、楽しかった。「また来年もやろう」。そんな約束をしたから、今年は父の日に“山崎と麦茶の夜”を過ごしたいと思っている。

優秀作品

かずりんた さん

もうすぐ77歳の喜寿を迎える父。中学卒業してすぐ左官の親方に弟子入りしてから左官職人として60年以上。今も現役で働いている姿をみて本当に凄いと思います。一人っ子の私はほとんど怒られた記憶がありません。いつも優しく母から「もう甘いんだから。」といわれていますね。子供が男の子だったら左官をついで欲しかったと親戚から聞きました。私が男の子だったらよかったのに・・・というと女のこの方が可愛くていいといってくれました。仕事から帰ってきての楽しみは小さなコップに入れたウイスキーに氷を入れて飲むこと。子供の頃はよく父のただいまの声を聞くと私はコップと氷を用意して頭をなでてもらっていました。私も同じコップと氷を入れて麦茶やジュースをまねして飲んだことを懐かしく思い出します。社会人になったら一緒にお酒を飲みたいねと話していましたがあいにく私はお酒が弱くウイスキーどころかビールもカクテルも飲めません。毎日少しお酒を飲む父の隣で子供の頃のようにノンアルコールを飲みたいなあと思っています。母と二人いつまでも仲良く元気でいて欲しい。生涯現役を目指している父にウイスキーを買ってたずねていこうと思います。

優秀作品

二日酔いの冷奴 さん

父へ今年で75歳だね。小さい頃は大変そうなお母さんを見ていたのでぶっちゃけあまり好きではなく、話すことも少なかったけど、大人になってから父の偉大さがわかった気がします。学生時代は野球をやっていたけど、レギュラーでもないのに試合にいつも来てくれて、少ない出場機会を全力で応援してくれて、失敗しても楽しそうに話してくれていましたね。ヘタクソだけど野球を大学まで辞めずに入れたのは、見守っていてくれたおかげだと思っています。そしてまさかの父と同じ会社にも入りました。会社ではお父さんのことを知る人から色々な話を聞きます。聞くたびに、自分の父親が誇らしいと思うと同時に、自分も頑張らなくてはと感じます。私はあなたみたいに優秀ではないけれど、おかげさまで地道に頑張る力はあると思っているので、いつかお父さん近づけるようにコツコツと頑張っていきたいと思っています。そんなことを思うようになったこともあり、大人になってから、一緒に食事をして、ウイスキーを飲めることがとても嬉しいです。恥ずかしくて直接は言えないけど。キャンペーンをいいことにここに書いておきます。笑いつまでも元気な父でいてくださいね。いつもありがとう。

優秀作品

あきちゃん さん

今何をしていますか?お父さんが私たちと同じ世界からいなくなってしまってもうすぐ2年になります。ステージ4の食道癌はとっても進行が早かったよね。3ヶ月でもう会えなくなるなんて想像すらしていませんでした。お父さんが望んでいた結婚、ようやく今年3月26日にしたよ。普通は「娘さんと結婚させてください。」と婚約者の方からお願いするのに、お父さんは初めての食事会の時に、わたしの婚約者に「頼む!娘と結婚してくれ!」と言ってくれたよね。婚姻届の見届け人の欄はお父さんに書いて欲しかったから、最期の日、意識が戻った時にお母さんの助けも借りて一緒にお父さんの名前を書いたよね。その日にお父さんは逝ってしまったけど、わたしはお父さんとの思い出を一生忘れません。お父さんが好きだった山崎、もう一緒に飲むことはできないけれど、山崎を飲むたびに「山崎好きだったなぁ」と思い出します。今日も山崎をロックで、お父さんのことを思い浮かべながら…

優秀作品

かねぽん さん

昔、父さんのことが大好きでした。ゲームをするのも絵を描くのも一緒にしたくて、寝る時でさえ父さんの横を妹と毎日取り合っていましたね。少し前、父さんのことが嫌いでした。大きくなるにつれ、意地っ張りで頑固な面を見て「なんて頑固なんだろう。今と昔は違うのに…。」と自分の考え方を変えたりしない父さんが嫌いでした。そして、今。父さんのことを尊敬しています。大学を留年、中退しどうしようもなくダメな僕を見捨てず、一緒になって悩んでくれた父さん。今年、学習塾の教室長をすることになって「ほんとによかった」と涙ぐみながら言ってくれた父さん。その時、お祝いにと一緒に飲んだ「山崎」の味を僕は忘れません。今までたくさん愛して、助けて貰った分これからはたくさん親孝行していこうと思います。 お酒があまり強くない父さんですが、地元に蒸溜所がある「山崎」だけは好きで飲んでましたね。最近、なかなか手に入らないけど、良い事があった時はまた一緒に飲みましょう。

優秀作品

torigoya さん

酒好きな父は車関係の仕事をしていた。だから、いつも家に帰ってから飲んでいた。自営業のようなものだったので、定年はなかったが自分で引退する時を決めたのは5年ほど前。60半ばの時だった。車庫入れで父が車をぶつけた日に、父は仕事をやめることを決めた。私の中で、父が車をぶつけたという記憶があるのは、それが最初で最後だった。「誰かを傷つけてしまう前に」と引退とともに、免許を返納してしまった。人生とも言える運転を、あっさりとやめた父はその年、大腸ガンで手術をした。幸いにも、経過良好で過ごしているが「せっかく、好きな時に酒が飲めるようになったのに、上手くいかないもんだ」と言いながら今日も、ウイスキーをワンショットだけ飲んでいる。どうやら、こちらは、やめるつもりはないようだ。誰かの為に、大切なものを諦められる父。自分の為に、大切なものを諦めない父。あなたの背中が、どちらも、私の生き方の道標になっています。

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