MENU
一覧へ戻る

ニュース

キャンペーン・イベント 2020年6月18日

「父へのメッセージ。2020」
入選作品を
発表いたします。

想いにあふれた入選全10作品をご紹介いたします。

「父へのメッセージ。2020」募集キャンペーンにたくさんのご応募をいただき、
誠にありがとうございました。
厳正なる審査の結果、最優秀賞3名様に「山崎×タケオキクチロックグラス」をペアで、
優秀賞7名様には「山崎うすづくりタンブラー」をペアでお贈りいたしました。

入選全10作品を発表させていただきます。
ご応募いただいた方はもちろん、そうでない方にも、
ぜひお読みいただきたい作品ばかりです。きっとあなたのお父様のことも思い起こされるに違いありません。

月日を重ね、ゆっくりと熟成を深めていく山崎は、まるで長い年月をかけて育まれてきた、
お父様とみなさまの関係のよう。今年もぜひ素敵な父の日をお過ごしください。

最優秀賞3名様

最優秀作品

nhr703さん

山崎蒸溜所 藤井敬久工場長 推薦作品

「お父さん、なんでそんなに頑張れるの?」父は毎朝2時半に起床していた。
自営業を営む我が家は決して裕福とは言えず、金銭の工面で散々苦労しているのも知っている。それでも私は行きたい大学があった。私の進学と同時に父は新聞配達を始めた。毎朝陽が昇る前に新聞配達に行き、日中は家業の材木業に励む。日々のささやかな楽しみは安価なお酒での晩酌。齢50を過ぎた華奢な身体でどうして愚痴ひとつこぼさず、いつもぴかぴかの笑顔で頑張れるのか。そんな父の姿は尊敬というよりも正直、苦しかった。辛いはずなのに、どうして?と。
「好きだからだよ。」父は何の迷いもなく答えた。「バイクに乗って走るのも、毎日違った日の出を見るのも楽しいんだ」と携帯で撮った朝日の写真を見せてくれる父。ああそうか、どんな状況でも幸せと喜びを見つけられる、こういう人なのだ。…かなわないなあ。
今度帰った時もまた一緒に飲もうね。いつも飲んでいる気軽なお酒もいいけれど、たまにはちょっと背伸びできるウイスキーを。私も働き始めて覚えた、ささやかな贅沢を。

これまで大変なご苦労を重ねてこられたにもかかわらず、そのご苦労の中に幸せと喜びを見出し、常に娘さんに笑顔で接してこられたお父さん。尊敬します。
ぜひ「ちょっと背伸びできるウイスキー」に山崎を選んでいただきたいと思い、選ばせていただきました。

山崎蒸溜所工場長 藤井敬久

最優秀作品

さ さん

「そういう所父さんにそっくり」小さい時からよく母に言われた。私とは対照的に誰にでも信頼され、気付けば周りに人が集まる父。努力家な父。物知りな父。どこが似ているのかさっぱり分からない。社会人になり、父と過ごせる時間の短さを感じた。日頃の感謝を伝える為に去年の父の日、私の運転で初めて遠出をして、ウイスキーの大好きな父を山崎蒸溜所へ連れて行った。「美味い、最高だ。」と何度も言う父に対して私は、恥ずかしさから感謝の言葉は伝えられなかった。後日母から、父はあの日の事をとても喜んでいたと聞いた。思えば大学に受かった時も就職が決まった時も、父の言葉は母から聞いていた。母が言うそっくりが1つわかった気がした。恥ずかしくてなかなか本人には伝えられないが、今年はきちんと伝えようと思う。長生きしてね、お酒は飲みすぎちゃだめだよ、いつも影で応援してくれてありがとう、大切に育ててくれてありがとう、世界一のお父さん。

最優秀作品

ぴーとさん

父に受け入れてもらって、とても僕は嬉しかった。成人式のために地元に帰省した時、「パートナーと一緒に生活をすることにしたんだ。」と父に伝えた。何か他に言うわけではないのに「そうかぁ、どんな人だ?」と聞くものだから、「歳は俺より5つ上で、身長は俺よりも父さんよりも大きいよ。優しいお兄ちゃんみたいな奴だから今度父さんにも紹介するよ。」しばらく戸惑ったような表情をしていたら、やっと理解したのか今度は目を丸くしていた。大学進学で家を出てもずっと彼女もいなかった息子がこんなことを言い出したら、多分僕が父の立場でも似たような反応になると思う。ただ、「そうかぁ、よかったなぁ。それじゃあ一緒に飲むか。」と言って、棚の奥から取り出した父が大切にしていた山崎の味は一生忘れられない。ウイスキーの味もよくわからなかった僕だけど、山崎の深い琥珀色は、父の優しさのようだと思えた。ありがとう、お父さん。今度帰るときはあいつも連れてくるよ。3人で飲む山崎はきっと、もっと美味しいはずだ。

優秀賞7名様

優秀作品

本多正宗さん

柔道の指導者だった父に幼い頃から徹底的にしごかれた。それが嫌で私は柔道とは縁を切り、実家を出て、進学、就職、結婚と父に一切相談無く、一人で決めた。父は私を、何か言いたそうな目で見ていたが、黙って山崎の水割りを飲んでいた。そんな父との関係が変わったのは子供が生まれてからだった。嫁が初孫だから、と私の実家に頻繁に出入りし始めた。私は忙しさを理由に断っていたが、彼女の懇願に負け、一度だけ、とついて行くと、そこには孫と遊ぶ、好々爺然とした父が居た。それを釈然としない気持ちで見ていると、父は、恥ずかしそうな顔で、お前も座って一杯飲むか?と山崎のボトルを差し出した。初めて父と一緒に飲むお酒。ふとした拍子に父が、すまなかった、俺はお前に厳し過ぎたかもしれん、と言った。その瞬間、私の頭は真っ白になり、涙が出て止まらくなった。父はそれを困った顔で見ていた。母と嫁も静かに泣いていた。子供だけが笑っていた。それからはイベントがある度に帰省し、空白だった父との時間を埋めるように山崎で乾杯している。

優秀作品

かすみさん

おとんへ!
なんか高校卒業するまで悪いことばっかして、それでも黙って結婚して子供出来て、すぐ離婚して帰ってきて、それでも暖かく受け止めてくれて、娘の事めちゃくちゃ可愛がってくれて、子供産んでから親の気持ち初めて分かってほんまおとんがこの世で一番かっこええ男の人やし、男の人の中で一番めちゃくちゃ好き!
私の事大切に育ててくれてほんまありがと!ってか、100歳までは生きてや!頼むで!病気とかしたら怒るからな!
大好きやで!おとん!

優秀作品

カンジェロメグスタさん

サラリーマン時代は、いつも営業成績に追われて、神経をとがらせているように見えました。だから近づくのが怖かった。受験勉強に先が見えず学校をさぼったとき、鬼のように怒って、追いかけ回された時は本当にやられてしまうのではないかと恐怖を感じるほどでした。それでも、無事定年を迎えて悠々自適な日々が訪れると、真新しいシャツのように軽やな人柄になりました。そして家族たちがどのように生きているのか、よく観ていました。ずっと前に私が失業して地方の宿に暫く住み込みしていると、“語学の勉強は続けているか“と電話をしてきました。それは、方向を見失いそうになる時に羅針盤をぐるりと回してくれるような言葉でした。ウイスキー好きのお父さんへ、山崎を片手にまた実家へ帰りますから、共に杯を傾けましょう。もちろんつまみはお母さんの手作りでね。

優秀作品

ビーバーさん

父の日に湯呑み茶碗を贈った。風情ある店内を隈なく見て回り、どれにしようかあれこれ悩んだ末に選んだのは、白地に赤いだるまの絵が描かれた、京焼の逸品。
(還暦を迎えた父が、家でのんびり寛いでくれたらなあ)
そう期待した通り、父は喜んで使ってくれた。お茶の時間が、ぐっと賑やかになった。
数年して結婚したのち、久しぶりに実家に戻ったときも、だるまの湯呑みがちゃんと食卓に置かれていた。
「父さんたら、すっかり気に入っちゃって」とびっきりのごちそうを囲みながら、母がにっこり微笑む。「これで呑むと、うまいんだ」ほんのり赤ら顔の父が、しみじみと呟く。さもうれしそうに啜ってから、おもむろに湯呑みに氷を一つ入れて、くるりと回してみせる。
「え? お茶に?」「いや、ウイスキーだよ」
その晩、父お気に入りの山崎をたっぷり酌み交わした。父のまあるい顔が湯呑みのまっ赤なだるまそっくりで、家族みんなで大笑いしてしまった。

優秀作品

もりもんさん

年に数回の帰省、親父は隠しとるつもりかもしれんけど、内心すごく喜んでくれてるのも漏れ伝わっとるよ。なんたって、毎日20時過ぎには寝る親父が、ハイボール片手に深夜近くまで起きとるんだもん。「これ知っとるか?」と意気揚々に話しとるけど、大体知っとるよ。それと聞きながら、こんなにおしゃべりだったかな?と思っとる。あと急に「今回はいつまでおれるんだ?」って聞いてくるけど、正直これ言われるといつも心が痛むんだわ。仕事縮小させるって聞いて心配しとったけど、定年を迎えた旧友のおじさんズの面々と、楽しそうな日々を送っとるようでよかったわ。帰省のたびに、あと何回こうやって一緒にお酒飲めるんかなって思うと、親父にちゃんと伝えてとかないかんこともあると思うんだけど、恥ずかしくてなかなか言えんのだわ。だから、見んと思うけどここに書かせて。親父のこと1人の人として尊敬しとる。すぐに会える距離におらんくてごめんね。でも親父はいつも私の心の支えになってくれとるよ。ありがとね、、、お父さん。

優秀作品

雄太さん

父は物心ついた時から仕事の虫。休日も仕入や他店の応援に行ってしまったり、家では自室に籠り、きっと仕事をしている。そして、飯は掻き込むように済ませ、それ以外は寝る。父が落ち着いている時間など、深夜の晩酌の時以外ないのです。少年期からずっと、父は仕事が一番好きなのだろう、と仕方なさと諦めの気持ちを持っていました。
二十歳に私がお酒を嗜むようになり始め、帰省したある日、私は一人で晩酌をしていました。時は既にテッペンを回り、父が帰宅しました。父は一人晩酌をする私の顔を見るや否や、思い出したような顔をし、逃げるように自室に入ってしまいました。私はわざわざこの時間まで起きてたのに。しかしすぐに、父は新品のウイスキーとグラス両手に嬉しそうな顔で戻って来ました。
四年経った今でも、帰省時には父とこの深夜の時間を過ごします。そして、何十回も親子で晩酌をすると意外なことがわかります。父が好きなのは仕事と山崎と、私のようだということです。もう僕の話はよいので、父さんの話を聞かせてね。これからも、よろしく。

優秀作品

リョウさん

「大学に行って、外国の文化を学びたい。」
毎週日曜日の夜9時が待ち遠しかった。洋画を見るたびに膨らむ海外へのあこがれは、小学生のころから変わらなかった。期待とは裏腹に「すまん、大学には行かせられない。学費を払えない。」父はそう一言だけ言った。
父は仕事をがんばり、家庭をしっかりと支えてくれている。少ない趣味のピースの青缶は、私が生まれる前にはたと止めたと母から聞いている。それでも、悔しさがこみ上げた。
「もうお父さんになんか頼まへんわ」突き放すように言って迎えた翌朝も、父は何も言わず変りなく会社へ向かった。夏の終わりに母から、「入学金は用意する。あとは奨学金で頑張りなさい。」と告げられた。気が付けば冷蔵庫の炭酸水がなくなっている。私の知っている、父の唯一の娯楽のハイボール。毎晩目を細めて嬉しそうに飲んでいたあのウイスキーの時間は無くなっていた。自分の大切なものを全部私に注いでくれた父。何も言わないけれど、知っています。

山崎の特別なイベントや会員限定のプレゼント情報等を
メールマガジンでお届けします。

無料メールマガジン登録はこちら

ニュース一覧へ戻る

おすすめコンテンツ

  • ブランドストーリー

    名水。熟成。匠の技。
    山崎の、物語。

  • 山崎蒸溜所

    京都の南西・天王山の麓にたたずむ、
    最古のモルトウイスキー蒸溜所のご案内。

  • ラインナップ

    山崎蒸溜所で生まれるモルト原酒だけでつくられる、
    シングルモルトウイスキー山崎。

山崎倶楽部のご紹介

山崎倶楽部のご紹介1 山崎倶楽部のご紹介2

シングルモルトウイスキー山崎をよりいっそう愉しんでいただくためのファンクラブです。
会員限定のプレゼントやイベントのお知らせ、つくり手インタビューや山崎蒸溜所からの季節の便りなどをお届けします。

無料メールマガジン登録はこちら