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山崎蒸溜所 2019年11月11日

山崎蒸溜所の、特別な一日。

11月11日は、山崎蒸溜所にとって特別な一日です。
なぜなら、日本初のモルトウイスキー蒸溜所・山崎蒸溜所が産声をあげた日だからです。

「日本人の手で、日本のウイスキーをつくりたい」

サントリー創業者・鳥井信治郎は、明治の開国後に海外から続々と輸入される洋酒を前に、
「いつの日か日本人の手で、世界に誇るウイスキーをつくりたい」という想いを抱きます。
その想いを胸に、サントリーの前身である鳥井商店を開いたのは、1899年のこと。信治郎20歳の冬でした。

しかし、若者の夢はいささか無謀なものに思えました。本格的なウイスキーづくりなど、
この国では誰もやったことがないばかりか、スコットランド以外の土地でウイスキーをつくるなど不可能、と言われていた時代です。
信治郎にあったのは、信念とエネルギーだけでした。

サントリー創業者・鳥井信治郎

信治郎は、赤玉ポートワインを売って得た資金を、すべてウイスキーづくりにつぎ込む決断をします。
ところが、周囲は猛反対。社内の役員はもちろん、親交を深めていた多くの財界人からも、
ウイスキー事業を思いとどまるよう、熱心に説得されます。しかし、信治郎はそうした人々を前に言い放ちます。

「やってみんことには、わかりませんやろ」

山崎の地との邂逅。

水はウイスキーの命。信治郎は、水を求めて日本全国を訪ね歩きました。
1923年、ついに巡り会います。京都の南西、天王山の麓、山崎に、その水はこんこんと湧き出ていました。

山崎は、万葉の歌にも詠まれた、水生野(みなせの)と呼ばれる名水の地。
かの千利休もこの水を愛し、秀吉のために茶室「待庵」(国宝)を構えたほど。軟水の中でも硬度が高めの山崎の水は、
複雑さと重厚さを併せ持ったウイスキー原酒をつくるのに、これ以上ないものでした。

また山崎は、桂川、宇治川、木津川の三川が合流する地。
地形的に霧が発生しやすい環境も、ウイスキーの熟成にうってつけでした。

  • 操業開始当時の山崎蒸溜所
操業開始当時の山崎蒸溜所

地を得た信治郎は1923年10月、満を持して山崎蒸溜所の建設に着手しました。 翌1924年11月11日、完成。いまでは世界中で高い評価を受け、 数多くの国で愛飲されているジャパニーズウイスキーの第一歩が、この日、踏み出されたのです。

1924年に樽詰めされた、シリアルナンバー0001の樽

歴史を尊び、革新を胸に。

11月11日、年に一度の祭礼が執り行われます。蒸溜所に程近い椎尾神社。
サントリー主催で行う秋の祭礼には、蒸溜所関係者や地元の方々が集います。

  • 椎尾神社
  • 社殿には山崎、響、ローヤルが奉納されています

11月11日11時11分、蒸溜釜に最初の火が入ったと言い伝えられるこの瞬間、
蒸溜所の人間たちは、文字通り心をひとつにします。信治郎の大志に想いを馳せ、、
ウイスキーづくりに携わってきた数多の先輩職人に想いを馳せ、、
そしてまた、自分たちがつくっていく新たなウイスキーの未来に想いを馳せる。
山崎蒸溜所の人間たちにとって、11月11日は、そんな一日なのです。

  • つくり手を代表して玉串奉奠を行う藤井工場長
  • 山崎蒸溜所

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