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キャンペーン・イベント 2018年6月14日

「父へのメッセージ。2018」入選作品発表!

想いにあふれた入選全10作品をご紹介いたします。

山崎×タケオキクチオリジナルグラス

6月17日(日)は父の日です。山崎倶楽部では、今年も「父へのメッセージ」を募集。たくさんのご応募をいただき、誠にありがとうございました。

応募作品はどれもお父様への想いにあふれるものばかりで、今回も選考は難航いたしましたが、厳正なる審査の結果、最優秀賞3名様に山崎黒切子ロックグラス KUROCOをペアで、優秀賞7名様には山崎ハイボールタンブラーをペアでお贈りいたしました。

ここに入選作品をご紹介いたしますので、ぜひご覧ください。きっとあなたのお父様のことも思い起こされるに違いありません。

月日を重ね、ゆっくりと熟成を深めていく山崎は、まるで長い年月をかけて育まれてきた、お父様とみなさまの関係のよう。父の日にお父様と山崎を傾けながら言葉を交わせば、この上ないひとときとなることでしょう。

最優秀作品3名様

最優秀作品フランソワ さん
山崎蒸溜所 藤井敬久工場長  推薦作品
「子どもができたんだ」私が17のとき、まだ高校生の私は初めての妊娠を初めて父に話した。父の顔は一瞬にして青くなり、その顔を隠すかのように真っ赤になるまでウイスキーを飲んだ。そう、何も言わずに。私は何も言えずに下を向いていた。父さん、ごめん。でも産みたいよ。父さん、だめかな。ウイスキーを飲む父の横で私は悩んでいた。飲みかけのストローの中で答えが上下する。父がウイスキーを注ぐたびにカランカランと風鈴のような音がする。その時だ。「こんな若いじいちゃんならモテるかな」父はまっすぐボトルを見つめてボソッと言った。私はそれ以上もう父の顔を見られなかった。あの時があっていまの幸せがある。あの頃と言えばどの場面にも父さんがいる。これまで私に「ありがとう」と「ごめんなさい」を教えてくれたひと。だから父さん、ありがとう。そして父さん、大好きだよ。
最優秀作品凛 さん
お腹が痛くなると母ではなく父にお腹をさすってもらう子どもだった。ランドセルを背負う頃になると泣いて帰る事がよくあった。どう思ったのだろう。父は私を鍛えだした。毎日淀川の河川敷を一緒に走り、ケンカの仕方を教えた。やられたらやり返せ。それが父の教えだった。けっしてけんかをするようなことはなかったが、いじめられても泣くようなことはなかった。泣いて帰られなかった。三人姉妹の長女だった。妹二人は器量よしで親戚からもかわいがられたが私はそうではなく、父は本当に心配していた。「本を読みなさい。顔を作るのは自分自身だ。本をたくさん読んで知識が増えれば顔は変わってくる。」今考えると、酷な一言だったと思うが、そうは受け取らず読書三昧の日々を送った。婚姻届けに印を押すときに父の初めての涙を見た。私の子どもたちも成人し、ようやく読書の時間を再び得られるようになった。週末父を訪れると、待ちかねたように山崎とグラスを用意してくれている。夕方には帰る私を気遣って父と二人の山崎時間が流れる。静かに私の話に耳を傾ける。父のグラスのカランと氷が音を立てる。それが父の返事だ。ありがとう。声に出して言うにはまだ照れくさい。美味しいね。それが父への精一杯の感謝の言葉。父の日には私が山崎を買っていこう。乾杯をしながら、言ってみよう。お父さんありがとう。
最優秀作品みきりおん さん
お父さん、今年も父の日がやってきました。私はこの日が来るのが毎年楽しみです。私が18歳の時に両親が離婚してから10年間、一度も会っていませんね。電話はたまにするけれどお互いどんな顔して会えばいいのか分からなくて会いたいと言いにくいのかもしれません。それでも父の日だけは毎年必ず送っているのは、私は貴方の娘で幸せですと伝えたいからです。昨年ウイスキーを送ったら一緒に飲みたいと言うてくれましたね。それがとても嬉しくて今年もウイスキーを送るつもりでいます。大阪に嫁いで美味しいウイスキーに出会いました。いつの日か私とお父さんと旦那を交えて3人でウイスキーを飲める日が来るのを心待ちにしています。

優秀作品7名様

優秀作品白秋の娘 さん
アイルランドから帰ってきて、もう少しで1年が経ちます。思えばお父さんはいつも私の味方でした。私が10歳のとき、バレエに一生懸命だったときも、18歳のとき、大学受験に失敗して予備校に通わせてくれたときも、23歳のとき、オーディションに合格してダンサーの道を選び、福岡から離れたときも、そして一昨年、突然海外留学を決めたときも。いつだって、手紙には激励の言葉と宛名は「いつもあなたの応援団より」でしたね。お父さんの温かな愛情を思春期のときは受け止めきれず、冷たい態度をとってしまったときもありました。泣きながら電話して、何度も背中を押してもらいました。心配で 戻って来いと本当は言いたかったはずなのに、それを言わずにいてくれたお父さんがどんなに寛大であったか今は分かります。帰国したときに、ウイスキーの大好きなお父さんにおしゃれなグラスを買ったんだけど、スーツケースの中で粉々になっていました。今度福岡に帰るときは、また違うウイスキーグラスと美味しい山崎のウイスキーを持って帰るから楽しみに待っててね。
優秀作品machan さん
お父さん、今でも覚えてます。中学生のとき帰宅部だったけど、足が速かった私が陸上の地区大会で優勝し、県大会へ出場することになった時。日頃どこへも連れて行ってくれないのに、出かけるぞとスポーツ用品店へ。運動靴ではダメだとスパイクを、体操服ではサマにならないとユニフォームを購入してくれた。決して安くはなかったのに。大会までは公園で練習、土日は砂浜でタイヤにロープをくくったのを引きづって走ったり、知り合いの陸上監督だった方にお願いしてくれたり。でも私は中1、お父さんと真面目に練習をしているのが恥ずかしくてカッコ悪くて。次第に友達と遊ぶのを優先してしまって。地区大会も練習せずに優勝できたんだしって勘違いしてた。そんな中迎えた大会は当然ダメだった。初めて挫折..プライドをへし折られた。ゴール後、悔しくて涙が止まらなくてお父さんに見られなくなかったのに、私に近づいてきてお前はいいものを持っているだけ、磨かないと宝の持ち腐れだって言ってくれた。それから16年。ユニフォームとスパイク、使う機会がなくってそれこそ宝の持ち腐れになってしまってるけれど、今も持ってる。見れば期待してくれていたのに申し訳ない気持ちと、あのときの懐かしい思い出と、いつか子供ができたらたとえ子供には響かなくてもお父さんが私にしてくれたように一生懸命になってあげたい。そう思うんだ。
優秀作品ダイスケ さん
「父さん、この世を去ってもう8年が過ぎたなぁ。」この8年の間、色々な出来事があったよ。嬉しい事、悲しい事、辛い事、楽しい事。その中でふと、父の存在を感じる事が沢山見つかった。よく居た場所、口癖、仕事場、好きだったおつまみとお酒、父がいたらなと思う事。そしていつも子煩悩だった父。子供の頃、仕事で疲れていても遊びに連れて行ってくれたり、ご飯を作ってくれたりしていた。体中の湿布がすべてを物語る。休日の日、家族団らんで夕食時にウイスキーを飲んでいた父の姿を思い出す事がある今の夕食時。当時の父はサントリーオールド、今の私はサントリー山崎。当時も今も週に一度の楽しみである。私も2人の子供を育てる親になって早11年。ほんの少しは父の苦労が分かってきた気がする。父の好きなウイスキーの水割りを飲みながらあんな思い、こんな思い、心配事等を考えていた姿、時には充実感に満ちていた表情が今でも脳裏に浮かぶ。そんな父が私達を育てて頂いた事を思うと感無量になってしまう。生前はてれくさくて言えなかったけど、今だから言える「父さん、ありがとう。」特別な山崎を持ってお墓参りに行くよ。そして一緒に飲もうよ。
優秀作品あと何年かな。 さん
物心ついたときから「あなた」はいなかった。小学二年生の時「自分のお父さん」について作文を書く時間があった。コツコツと、鉛筆を走らせる音が教室に響く中、私は何も書けなかった。必死にこらえていた熱い涙が、原稿用紙の上にこぼれ落ちた。7年後、中学三年生になった私は、区役所に離婚届を提出する母とともに、まるで初めて会うかのように、あなたと再会した。さらに5年後、二十歳になった私は、あなたの住むマンションのブザーを一人で鳴らした。しばらくして、ごそごそとドアから顔を出したあなたは、少し驚きながら「入れ」と、男やもめの部屋に私を招き入れた。角瓶だったと思う。グラスに注がれ無言で差し出されたウイスキーは、男と父親の味がした。あれから35年。87歳になった父さんは、やせ細った体で、相変わらず頑固にわがままを言ってくる。久しぶりにまた、一緒にウイスキーが飲みたいな。まだ聞きたいことが、たくさん残っているから。
優秀作品久美子 さん
娘時代、渡されたお見合いの釣書と写真に、「高学歴でハンサムだから会ってみようかな。」と話したら、「この男は駄目だ。」と断った父。「釣書の文字を最後まで見てみろ。最初こそ綺麗だが僅か2枚が続かない。何事においてもこうなる。」と。その父が、私が旅先で出会った人からの写真と同封された手紙を見せた時に、「この青年は立派だな。文字も文章も最後までしっかりしている。」と珍しく褒めました。第二次大戦の徴用船戦没で、親の海運事業が倒産し命を絶ってしまい、父は傷心の中、医学部を中退し、自ら商社を立ち上げ経営しました。「お父さんは家族を残して死なない。」と家族に言った日を覚えています。ガンで闘病した最期の言葉は、筆談の『明日を射きる』でした。誤字のない父が敢えて「射きる」とした意味を私はずっと考えています。そして、手抜きしない人柄を父が見抜いた青年は、夫、父、お爺さんとなった27年間、変わらず最高の男性です。
優秀作品てるてる坊主 さん
お父さん。お父さんは毎日お酒を飲んでは酔っ払って、お母さんのことを「この人は、俺が守ってやらないかんのよ。」って言ってたね。正直、またこの話か~と思いながら「お母さん幸せやね~」って言ってたよ。でも3年前、私の息子が大きな病気をして生死を彷徨った時、お母さんからこっそり聞いた。仕事から帰ってきたら、真っ先に晩酌するお父さんが、息子が意識を取り戻すまで、お酒を一切飲まず、毎日、神様に何度も何度もお願いしていたと。お酒を飲まないと生きていけないと思っていた、あのお父さんが?と驚きました。息子に何かあったら、すぐに駆けつけられるようにってお酒を飲まなかったんだよね…。ありがとう…。私たちには何も言わず、かっこいいなって思ったよ。今では息子も元気に走り回っています。今年の父の日には、感謝の気持ちを込めて、お父さんの大好きな山崎ウイスキーを贈りたいと思います。
優秀作品鹿が鳴く館 さん
父さんへ僕が中学3年の時に、父さんが交通事故で亡くなって、もう20年。当時は、起こった出来事に対して理解出来ませんでした。家を出てから10分後の事故だったので尚更受け入れられませんでした。喧嘩ばかりしていて、親孝行の1つもしていないと思うと涙が止まりませんでした。それでも、母さんや兄さん、姉さんの支えがあって、何とか笑顔を出せるようになりました。今では、結婚して3人の子供にも恵まれて幸せに暮らしています。子供が生まれて初めて、病室で父さんが亡くなる前に、僕や兄さんや姉さんの手を強く握って名前を何度も言ってくれた理由がわかったような気がします。そう考えたら、また涙が止まらなくなりました。そういえば父さんは次の日の仕事に差し支えるからって、特別な日にしかウイスキーを飲みませんでしたね。年に一度の特別な日に特別な山崎ウイスキーで乾杯をしましょう。これからも、家族みんなの事を見守ってください。

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