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キャンペーン・イベント 2017年6月15日

「父へのメッセージ 2017」入選作品発表!

お父様への想いが詰まった、入選全10作品をご紹介します。

山崎×タケオキクチオリジナルグラス

6月18日(日)は父の日です。山崎倶楽部では、今年も父の日に向けて「父へのメッセージ」を募集。たくさんのご応募をいただき、誠にありがとうございました。

お父様への温かい想いに溢れるたくさんの応募作品の中から、入選作品を選定するのは大変難しく、選考は難航いたしましたが、厳正なる審査の結果、最優秀賞3名様に山崎黒切子ロックグラス KUROCOをペアで、優秀賞7名様には山崎ハイボールタンブラーをペアでお贈りしました。

幾年もの月日を重ねて熟成され、大切につくりあげられる山崎は、人生の月日を重ねてきたお父様への敬意と感謝の気持ちを伝えるのにふさわしいウイスキー。お父様と山崎を飲み交わしながら日頃の感謝を伝えれば、きっと素晴らしいひとときになることでしょう。

ぜひ山崎を傾けながらご覧ください。きっとあなたのお父様のことも思い起こされるに違いありません。

最優秀作品3名様

最優秀作品ひよこ さん
山崎蒸溜所 藤井敬久工場長  推薦作品
お父さん。このまえ、お母さんとお父さんの写真をみていました。色んな写真がある中で最も多いのは、お酒を飲んで、人と笑いあう楽しい時間を過ごしているお父さんの姿。ガッハッハッと聞こえてきそうな良い笑顔で肩を組んで笑うお父さん、ひょうきんにグラスをかかげてみたりお母さんの手をとり嬉しげにビールをあおぐ表情。私もプッと吹き出してしまうような明るいものでした。この瞬間に立ち会えたらなぁ。と思えるほどです。私の記憶の中でのお父さんは病室での最後。大きな手で力いっぱい私を抱き締めて、命がけで守ってくれる人を見つけなさい。と言ったその姿です。涙にぬれて悔しげで寂しげで儚い壊れそうで、だけど強い眼差しで私を見つめたあの表情を忘れることはできません。そして、私は先日結婚しました。きっと私を、私の大切な人達を守ってくれるようなそんな男性が旦那さんになりました。生きていれば皆で楽しくお酒のみたかったです。毎晩旦那さんはお父さんの写真にのみましょ。とお酒をついでいます。私のお腹には小さな命も宿り旦那も父として歩みだしました。どうか、これからも私たちを見守っていてね。お父さん、乾杯。
最優秀作品信州のりんごちゃん さん
帰ってきたらテレビを占領して野球中継を見ながらお酒を飲むお父さんが、小学生の頃の私は、苦手でした。そのうち、お父さんは単身赴任で1人暮らしになって、忙しくて家にもなかなか帰ってこないから、たまに家に帰ってくるとぎくしゃくしてしまって、だんだんお父さんにどう接していいか分からなくなった。離れて過ごしたまま時間は流れて、私は高校生になって、大学生になって、就職活動を始めた。悲しいことに就活はちっともうまくいかなかった。そんな時お父さんがたまたま出張で近くまで来ていて、二人で飲みに行ったね。二人でじっくり話をして、初めてお父さんと正面から向かい合えた気がして、素直な気持ちで就活のことや色んなことを相談したね。もう酒が飲めるようになったんだな、ってしみじみ言うお父さんと、ちょっぴり背伸びして一緒に飲んだ山崎のハイボールの味は、今でも忘れないよ。お父さんが家で飲むのはいつも安い発泡酒だったけど、社会人になった私から、今年は山崎のウイスキーを贈らせてね。尊敬するお父さん、いつもありがとう。
最優秀作品ヒロ さん
親父へ、今までの感謝をこめて。いつの間にか、俺ももうすぐ30歳になる。子供のころの親父は、俺にとって厳しく、絶対的な存在だった。なんども叱られたけど、なぜ叱られたのか、子供だった俺にも理解させてくれたから、親父は優しかったんだと、今なら思う。親父と同じ大学に入って、20歳になって初めて一緒に居酒屋で酒を飲んだ時は、一人前と認めてもらった気がしてうれしかった。行きつけにしていたBARが、偶然、親父も学生時代通っていたと知ったときは驚いた。一緒に山崎飲んだけど、本当はあの頃ウイスキーの味はわからなくて、無理して飲んでたんだ。今では一番好きなお酒だ。社会人になって、親父のすごさを改めて思い知った。仕事で疲れていても、家では笑顔で俺たちの相手をしてくれていた。親父、定年退職おめでとう。上京してなかなか会えなくなったけど、夏に帰省するから一緒に飲もう。定年祝いに、とびっきりの山崎を買って帰るから。

優秀作品7名様

優秀作品サオリン さん
小さい時からお父さん似と言われていた私。そんなの嫌だと思っていた学生時代から大人になって笑った顔とか、ますます似てきたと自分でも感じています。希望の会社に入ってからもやりたかった仕事をするまで時間がかかり、後輩も入ってくる中で焦る私の気持ちに気づいて話を聞いてくれたお父さん。希望の部署に異動して忙しく過ごす私を見て「頑張りどきだな」とつぶやくように一言。あの時、お父さんはどうしてあんなに嬉しそうな顔をしていたんだろう。30歳になった私にいい話はないの?と母は聞くけれど、今の私は仕事の話ばかり。お父さんは「それでいいんだよ、今は」そしてあの嬉しそうな顔。3姉妹の中で唯一、お父さんに似てお酒に強い私に「女の子なんだから飲みすぎないように!」と母が言っている横で「美味しいお酒をこだわりのグラスで」とアドバイスするお父さん、私もその感覚がわかる年齢になりました。父の日は、私にしては少し背伸びしたウイスキーを買って家に帰るね。お父さんのこだわりのグラスを準備して、待っていてください。
優秀作品不器用すぎる父の娘 さん
父と面と向かって話した記憶はない。本当は話したい。だけど「女の子と話すのが苦手なんよ」とリビングからこそこそ出て行く父をフォローする母にさみしさを見透かされているようで、納得したフリをしていた。大事な報告はいつも母経由で、本社に異動のときも、いつ知らされたのかもわからないまま、引っ越しの準備が進んでいった。出発の日、母と始発の新幹線に乗るため博多駅まで送ってもらった。駅前のロータリーで「じゃあね」と別れた。それだけだった。新幹線のドアがむなしく閉まる。通路側に座った私に母が「お父さん、見るって言っとったよ」と言った。え……。父の職場の屋上から、新幹線が見える。低いビルや家がたくさんあるから、見つけられないかもと身を乗り出した。いた。まだスピードの出ていない小さな窓から見えたのは、しっかりとこちらを見つめ、ひとり立つスーツ姿の父だった。離れているはずなのに、ずっと大きく見えた。涙がとまらなくて、大好きなサンドイッチもしばらく食べられなかった。お父さん、あなたはどうしてそんなに不器用なの。おかしいね。でも、もういい。ありがとう。お父さんに愛されてるってこと、わかってたから。
優秀作品まる さん
働いて初めてわかったこと。今いる私は父さんのおかげだってこと。就職して一人暮らしを始めた私は手にしたお給料を自分のために使えるけれど、父さんは家族4人のために使っとったんだね。周りのお父さん見て思った。せっかく育ててくれたんにこんな素っ気ない娘でごめんなさい。実家に帰っても「ただいま」の一言しか話さんかった。珍しくリビングに降りてソファに座っとる横に座れば良かった。ただなんか、照れ臭いからさ。けどね、ちゃんとわかっとるよ。初めて父さんが泣いとるんを見たのはじいちゃんのお葬式。「最後になんて話したか思い出せない」って。些細な時間でも大切にせんにゃってわかった。盆と正月くらいは帰るから、お酒飲めるようになった娘に付き合ってください。注ぎ方とかハイボールの作り方も教わったんぜ。言わないけど21年分のありがとうを示すよ。
優秀作品ペンギン さん
頑固な父、不器用な父、生き方が下手で権力に屈しない父、地位や名誉やお金、出世に縁がなくそれが自分の幸せな生き方だと言い切る父、その父が、長男で実家の「酒店」を継がずに弟に実家をゆずり、財産も権利も全て弟に託した86歳の父、その弟71歳が、8年間パーキンソン病を煩い去年永眠したとき、背中を振るわせながら、弟が大好きだった、山崎のウイスキ-を葬儀の時に息子の私に誰にも見られないように、一口、一滴でいいから、弟に飲ましてやってほしいとたのまれ、お通夜の時誰にも気づかれないように、口移しで永眠している叔父にのましたよ・父に伝えたとき、涙を一度も流したこともなく、わたしを褒めてくれてたことがなかった父に・小さい声で・・・ありがとう、ありがとうと泣いて感謝してくれた・・・山崎のウイスキ-を父と叔父と私と三人で飲もうな・山崎ウイスキ-ありがとう。
優秀作品sayuki さん
お父さんが突然亡くなったあの日からもうすぐ10年になりますね。そして私もこの不自由な体との共存10周年です。私が脳梗塞で倒れ左半身麻痺になった時、毎日の様に麻痺のある手を優しくさすりながら「良くなる良くなる、大丈夫大丈夫」と言って励ましてくれた姿が今でも鮮明に思い出されます。その父がまさか亡くなるとは想像もしていませんでした。危篤になる直前父は私に電話をし留守電にメッセージを残していました。苦しかったのかか細い声で「お父さんやけど、おーい大丈夫か?きっと治るから心配せんでよか」その後意識が一度も戻る事なく最後の最後まで苦労させて心配かけたまま逝かせてしまった事は私の一生の後悔です。その私に出来るのは父の分迄悔いなく頑張って一生懸命生きる事。だからしばらくは逢えないけどそれ迄は今年もお墓で乾杯しましょう。お父さんの娘で本当に幸せ。ありがとうお父さん。
優秀作品ぱくぱくパックン さん
拝啓、おとん。もぅあれから29年という月日が経ちました。初めて男として2人きりでお酒を飲んだのは家では無く駅の近くの炉端焼きの店でしたね。俺から「大切な話がある。」と切り出したときは、少しおとんは構えてましたね。「今つきあっている彼女と結婚したい。するつもりや。」と言ったとき「ええ娘やん。ええんんとちゃうか?」と二つ返事で喜んでくれたよね。あっさりと良い返事を聞いた21歳になったばかりの俺は、嬉しかったし心強かった。その後、家でおかんに話をしたら結婚に大反対。まだ若いだの、相手の家庭環境や仕事のことまで、何かにつけ苦言を呈していた。そんな中「博がええって言うんやからそれでええんや!」と一喝。そこで話は決まり、今日に至った。子供に恵まれ、孫にも恵まれ毎日楽しく過ごしています。今週、生まれたばかりのひ孫(二人目)の顔を見せに行くよ。おとん、あの時はありがとう。俺の幸せの人生が決定した記念日だ。今度久々に2人きりでお酒を飲みに行こう。まだ2回目だが、2人でこれからの人生について語ろうよ。
優秀作品ぱぱる さん
小さい頃はお父さんのことが怖くて、友達が家に遊びに来るのが嫌だった。みんなに怖いねって言われて、なんで警察官なんだろう、嫌だなあって思ってた。怒鳴られる度、私のこと本当に大事なのかなって思ってた。そんな事を思ってた頃から、10年経ちました。この10年の中には、本当にいろんなことがあったね。初めて二人で居酒屋に行って、夢を諦める話をしたこと。遠い所で事件に巻き込まれて、すぐに会いにきてくれたこと。それから、私にも家族ができたこと。全部、驚かせたね。それでも受け入れてくれた。みんなが認める程怖かったお父さんが、今では目尻が垂れ下がって、みんなも認める程優しいじいじになりました。今思うと、昔から私がやりたい!って言うと、全部許してくれてたね。親になって、今までどれだけ悩ませて、迷惑をかけていたか、痛いほどに分かります。昔から、たくさんの愛をもらってた。次は、私が娘にたくさんの愛を捧げます。いつもありがとう。家族のために一生懸命仕事して、育児も手伝ってくれるお父さんは、私の自慢のお父さん。またお酒飲めるようになったら、一緒にハイボール飲もうね。

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