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ブランド 2016年6月16日

山崎入門 vol.2
“日本最古のモルトウイスキー蒸溜所。”

世界に冠たるジャパニーズウイスキーの歴史は、
ここから始まった。

操業開始当時の山崎蒸溜所
操業開始当時の山崎蒸溜所

シングルモルトウイスキー山崎に関する基礎知識をご紹介する「山崎入門」。2回目の今回は、「日本最古のモルトウイスキー蒸溜所」について解説します。

いまや世界の5大ウイスキーに名を連ね、世界的な酒類コンペティションの常連にもなったジャパニーズウイスキー。その歴史的な第一歩は、今から90余年前、京都南西・山崎の地にて刻まれたのでした。

山崎×タケオキクチオリジナルグラス
サントリー創業者・鳥井信治郎

「日本人の手で、世界に誇る日本のウイスキーをつくりたい」

それは、サントリー創業者・鳥井信治郎の熱き想いから始まりました。しかし当時、社員はもとより、学者や財界人までもが大反対しました。スコットランドやアイルランド以外の地で、本格的なウイスキーづくりは不可能だと考えられていたからです。そんな周囲の猛反対の声に、信治郎はこう答えました。

日本で初めてのモルトウイスキー蒸溜所建設の地に選ばれた山崎
日本で初めてのモルトウイスキー蒸溜所建設の地に選ばれた山崎

「やってみんことにはわかりまへんやろ」

信治郎は日本全国を踏破してウイスキーづくりの理想の地を探し求めました。そして、良い原酒は良い水が生み、良い熟成は良い自然環境なしにはあり得ないという確信と、あくまで日本らしいウイスキーをつくるために、日本的な風土の中でつくりたいという信念から、選んだのが山崎の地だったのです。

1923年、「山崎蒸溜所」ついに着工。

操業開始当時の山崎蒸溜所
操業開始当時の山崎蒸溜所

1923年10月、信治郎は日本初となるモルトウイスキー蒸溜所「山崎蒸溜所」の建設に着手しました。入り口から山に向かって原料倉庫、発芽室、乾燥塔、糖化・発酵室、蒸溜室の順で並べ、観音池に面してボイラーと煙突が、ケヤキ大木の南側に原酒貯蔵庫が配置されました。

高さ5.11メートル、重さ約2トンの巨大な蒸溜釜は船で淀川をのぼり、陸揚げして運び入れたのですが、問題は途中にある東海道線の線路でした。横切るのにどれほど時間がかかるか分からなかったために、列車の通らない深夜に慎重に慎重に横断。ぐらぐら揺れる蒸溜釜に肝を冷やしながら、辛うじて線路を渡り切ったといいます。

操業開始当時の山崎蒸溜所の蒸溜釜
操業開始当時の山崎蒸溜所の蒸溜釜

翌1924年 11月11日。ついに蒸溜釜に火が入りました。「日本のウイスキーをつくる」という信治郎の情熱が実を結んだ瞬間です。

信治郎は、自分を支え続けてくれた母親に蒸溜所を見せたいと、足の悪い母親を背負って、山崎の駅から蒸溜所までの道のりを歩いたといいます。後年、「国産ウイスキーを醸造するということは多年の夢であり、ようやく実現の第一歩を踏み出した山崎工場に、母親を背負ってゆき、隈なく工場を案内したので、母親も非常に悦んでくれたことは、終生忘れ得ない感激であった。」(当時の社内報より)と記しています。

次回の山崎入門は、「ウイスキーづくりと水」についてお伝えします。お愉しみに。

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