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2014.06.12up

特別な山崎との出会い。

山崎ブランド誕生30周年記念『父へのメッセージ』募集キャンペーン 入賞作品発表!

2014.06.12up

心温まる言葉に溢れた全入賞作30作品をご紹介。

6月15日は父の日。
山崎倶楽部では、「父の日を前に、あなたの想いを綴ってみませんか」というテーマで、普段なかなか言えないお父様への感謝のメッセージを募集し、総数3162点のご応募をいただきました。たくさんのご応募、ありがとうございました。

厳正なる審査の結果、山崎ブランド誕生30周年を記念して、最優秀賞3名様、優秀賞7名様、佳作20名様の合計30名様に「山崎18年」をはじめ、山崎ギフトをお贈りしました。

ここでは全入賞作30作品を一挙にご紹介します。

最優秀賞3名

最優秀賞しろくまさん 神奈川県 / 34歳 / 女性山崎蒸溜所 藤井敬久工場長 推薦作品

お父さんへ。彼が私との結婚をお父さんに許してもらうために家に来る時の手土産は山崎を勧めました。お父さんは山崎を喜んで飲んでくれて酔っ払いすぎてしまい結婚の挨拶どころではなくなってしまったけど、後日「酔っ払わないと泣いてしまいそうだったからつい飲みすぎてしまった。本当は誰にもあげたくない。ずっと家にいて欲しい」と言ったお父さんを見て私のことをとても愛おしく想ってくれていると感じました。ありがとう。父の日に山崎を贈ります。飲みながら私のことを思い出してね。

最優秀賞モンタンさん 千葉県 / 55歳 / 男性

今でも覚えています。シャツの注文が減ってきて、その穴を埋めるように父さんが始めた刺繍が当たり、店の中が刺繍を待つ服でいっぱいになった時のこと。でも細かい仕事の割に一枚いくらの儲けだったから、どんどん父さんの寝る時間が遅くなっていったよね。夕食後の栄養ドリンクに深夜の寝酒のウイスキー。そんな父さんの睡眠時間を代償にして、僕は東京の学校に進学することになって、上京する僕に父さんは二枚のシャツを仕立ててくれた。「本業なのに忙しすぎて今まで息子のシャツも縫ってやれなかったな」これからの四年間、更に忙しくさせるんだろうな、と思ったら胸が苦しくなったんだ。社会人になって最初の里帰り、初めて一緒にバーに行ったよね?止まり木に並んで座って、ロックグラスを傾けた。あの時は、照れて飲み代を奢るのが精一杯だったっけ。ずいぶん時間が経ったけど、自分も親になった今なら素直に伝えられそう。父さんの息子で幸せだって。

最優秀賞アヤさん 茨城県 / 24歳 / 女性

私が生まれた頃から、可愛がってくれていたお父さん。小学校に入った頃、慣れない登校班で不安だった私に途中までついてきてくれたよね。言葉には出さないけど、実は今でも覚えています。高校にあがってから悪い遊びばかり覚えた私は、学校を途中で抜け出してそのままどこかへ出かけてしまうことを何度も繰り返し、学校から連絡があった時『口うるさい母には言わないで』と言った約束を・・・私が24歳になった今でも守ってくれていますね。いつだったか、母にその話をしたら『初めて聞いた』と言われ、本当に言わなかったんだ、と胸があつくなりました。あと何年かでお仕事も終わりですね。お疲れ様でした。まだ父が好きなウイスキーは私には少しきついけどいつか一緒に飲みましょう。その時までお元気でいてください。

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優秀賞7名

優秀賞JunGさん 愛知県 / 52歳 / 男性

大学受験のときだったよね。何校も受験したが、どこもダメで、最後の1校の合格発表の朝。悶々とする私の前で、突然、「見てくるわ」っと言って、遠く離れた大学まで、新幹線に乗って発表を見に行ってくれたよね。「何を親がそんなに一生懸命になるんだ?」っと思ったけど、自分が受験生を抱える親になって、お父さんの気持ちがよく分かったよ。自分のことのように、いやそれ以上に子供のことを心配してくれてたんだよね。心配で心配で仕方がなかったんだよね。いてもたってもいられなかったんだよね。心配かけてごめん。そして、ありがとう。あのとき、「あったよ、よかったな」っと公衆電話から聞こえたお父さんの声は、一生忘れないからね。

優秀賞なおんずさん 岩手県 / 36歳 / 男性

父のことが怖く小学生高学年を過ぎてから長く会話することが減っていったけれど、貧乏な20歳頃の大学生時代、帰省からUターンしようと夜行バスに乗るために父に夜のバスターミナルまで送られた際、降り際「ちゃんと食べてるのか?」との父から問いかけに無言だった私にしわくちゃになった1万円札をそっと差し出してくれたときは、長く忘れていた父の優しさを思い出したよ。あれからまた20年。すっかり歳とって丸くなった父だけど、これからもどうか元気でいてくれよ。ありがとう父ちゃん。

優秀賞パールママさん 兵庫県 / 58歳 / 女性

「元気だけが取りえじゃ。」が口癖だったお父さん。今春転んで足を骨折してしまい入院。現在退院してリハビリに励んでいますが、私が介護する度「すまんなぁ、すまんなぁ。」は水臭いです。幼い頃、身体の弱い私を何度おぶって病院に走ってくれたことか。いじめっ子を退治してくれたり、勉強も教えてくれました。そんな子供の頃の思い出が、お父さんの背中を流す時や、手を取って散歩する時に鮮明に蘇えります。若かったお父さんと小さな女の子の私。お父さんの大きかった手の平が、今は薄く骨ばってしまったけれど、私の手にはあの頃の感触がしっかり残っています。あの頃の私の小さな手を包んでくれたように、今は成長した私の手で包んであげます。この言葉、なかなか照れ臭くって言えませんでした。リハビリも、もう少しで終わりますね。頑張ったご褒美と父の日をお祝いして一緒にお父さんの大好きな山崎で乾杯しようね。大切なお父さん、本当にありがとう。

優秀賞まちさん 大阪府 / 28歳 / 女性

お父さん、あなたは小さい時から厳しくて褒めてもらった事や、遊んでもらった記憶がありません。それは、家族10人を支える大黒柱として寝る間を惜しんでまで働いてくれていたからですよね。私が思春期に入った時、少し道がズレてしまい、迷惑をかけてしまった時、私を怒らず優しく(自分の人生や、後悔すんなよ)と言ってくれました。その言葉があったから今があると思います。私が結婚して妊娠した時、泣いていたのを知っています。いつもは頑固で意地っ張りで無口なのに、私の幸せを一番に喜んでくれましたね。本当は今でも、お父さんの顔を見て話すのが苦手です。恥ずかしいとゆうか、照れくさいとゆうか。でもこれだけは言わせて下さい、今までもこれからも親孝行していくので、何も心配せず長生きして下さい。

優秀賞海凪さん 東京都 / 31歳 / 女性

「飲んでみろ」結婚が決まった日に父親が差し出してくれた1杯のウイスキー。甘く苦く深い。美味しいと思うでもなく、ただそれだけ。あれから数年。時々実家に帰ると、同じように1杯のウイスキーを差し出してくれる父。口数は少ない。それは私も同じだ。ただただ、同じウイスキーを飲む。甘く苦く深く、どこか切ないような暖かいような。ウイスキーを前にして自分を偽るなんて出来ないような気がする。悲しい時も。嬉しい時も。その時その時によって味も変わる。ウイスキーは私の人生を露呈しているようなものだ。これからも様々に味を変えるであろうウイスキーと共に父との時間を大切にしたい。いつもありがとう、お父さん。貴方の背中はいつだって、甘く苦く、そして深いよ。

優秀賞ジェラードさん 秋田県 / 33歳 / 女性

「義務を果たさずに、権利ばかり主張するな」。まだ小学生の頃、家の手伝いをさぼったにも関わらず、お小遣いは当然のように欲しがった私に向けられた、父のこの一言。怒って言われた言葉だったら、もしかしたらもう忘れていたかもしれません。しかし穏やかに、諭すように言われたこの言葉は、座右の銘というほど力強くはないけれど、頭の片隅に常にあり、私のものの考え方や言動に影響を与え続けてきたように思います。そしてもう一つ、私が父の影響を強く受けて好きになったのが、野球です。顔を合わせれば会話のほとんどが野球の話になってしまう私たち父娘に、母も呆れているけれど、こんなに喜怒哀楽を味わえる趣味を共有できている事が嬉しく、そのきっかけを与えてくれた事に感謝しています。秋に美味しいお酒で乾杯できる事を信じて、今シーズンも一緒に喜怒哀楽を味わいましょう。いつもありがとう。

優秀賞えっこさん 愛知県 / 25歳 / 女性

私がお酒を飲めるようになって5年、そういえばゆっくり2人で飲んだことがなかったね。今度お父さんの好きなお酒を一緒に飲もうよ。その時は私の小さかった時の話を聞かせてね。中学の時に何もかもがいやになって学校を休んだのに怒らないで、海に連れて行ってくれたこと忘れないよ。いつも心配してくれて、大切に育ててくれてありがとう。今まで面と向かって言ったことはないけど、本当に感謝しています。私ももう大人です。心配になる気持ちはわかるけれど、これからは私がお父さんに親孝行する番です。一緒に行きたいところ、食べたいもの、飲みたいお酒いろんなことを考えておいてね。一緒に楽しむためにもずっと健康でいてください。毎日晩酌してるから、週に1・2回は休肝日を作ってよ。お父さんの娘でよかった。いつも本当にありがとう。これからもよろしくね。

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佳作20名

佳作だるまっちさん 富山県 / 57歳 / 男性

若い頃、何でもキチッとやらないと気のすまない親父を見て、何であんなに細かいんだろうと、実はうっとおしくて、嫌でイヤで、しょうが無かった。ついこの前の日曜日、久々に長男と飲んだ。「ホント、親父は細かいな!何でもビシッと決めたがる、ウイスキーだって飲み方、種類、順番に至るまで何でそんなにこだわるの?」って言われてハッとした。「でも、俺も細かいって言われるんだよね」と息子。血は争えないのか男三代、よく似てる事に今更ながら気がついた。親父に抱いていた思いが、ゆっくりと溶けてゆく。「ありがとう親父、俺は親父によく似てるらしい。そして息子は俺にそっくりだ」良いも悪いも息子の出した結論に、ただただ納得するだけだった。息子と飲んでる最中、ロックグラスの中の丸氷が親父の笑顔に見えた。

佳作息子さん 埼玉県 / 52歳 / 男性

厳しくも温かく育ててくださった、お父さんへ、心から心から感謝いたします。日曜日になると僕とキャッチボールか釣りに連れて行ってくれましたね。夏休みに入ると田舎の佐渡が島に帰って荒波の日本海で釣りも、泳ぎも、その姿で学ばせてくれました。そして、僕がお酒を飲める年になると、銀座のバーに連れて行ってくれました。ウイスキーのオンザロックを二人でカウンターに座っていただいた夜を昨日のことのように覚えています。美味しいお酒を味わい、素敵な場所で遊び、人のご縁を大切にして男を磨きなさいと教えてくれました。今、お父さんは寝たきりになりました。でもこれも人生です。お父さんとの幸せな思いではずっと心にあります。そして、これからも僕は貴方の息子です。今でもウイスキーはオンザロックです。

佳作くすみんさん 東京都 / 25歳 / 女性

お父さん去年、私がお嫁に行ってからなかなか実家に帰る機会も少なくなってしまったけれど、いつも気にかけてくれていること、お母さんから聞いているよ。いつも温かく見守ってくれてありがとう。私は、小さい頃からお父さんが大好きだったから、どこか面影がお父さんと似ているカレと結婚することになったとき、「やっぱりな~」って思っていたんだよ(笑)自分が結婚して初めて、いかに自分は恵まれていたか、しあわせに育ててもらったかを感じるようになりました。いつもお父さんが働く背中を見ていたから、仕事に誠実なカレに惹かれたんだって思っています。優しくて私のことを本当に大切に思ってくれているカレに惹かれたのは、お父さんが優しくて、私のことを大切に育ててくれたからなんだよね。夏にはカレと実家に帰るから、たまには晩酌につき合わせてね。

佳作にゃにさん 埼玉県 / 29歳 / 女性

山崎は父のお気に入りのウイスキーの1つ。私の成人式の日に、水割りにして一杯奢ってくれましたね。キツイと言った私に、まだまだ未熟者には山崎の熟成された上手さは分からんか、と豪快に笑っていた父。今でもまだ父から見たら私なんて未熟者なのかもしれないけれど、でも山崎の美味しさが分かるくらいには少し成長したよ。だからまた今度帰省した時にでもさ、一緒に山崎で乾杯しよう?尊敬している父の話を色々たくさん聞きたいよ。

佳作奥野さん 大阪府 / 51歳 / 男性

父と二人でウイスキーを酌み交わす機会を持ちたかった・・・。父が他界して15年以上になりますが、その頃は私もまだ30代半ば。夕食などでは家族でビールを飲むことはあっても、二人で出掛けて酒を酌み交わすことはありませんでした。いつでも飲めると思っていたのか気恥ずかしかったのか、そんな躊躇が結局その機会を一生失わせてしまいました。そんな私が今51歳になって21歳の息子とバーでウイスキーを酌み交わしているなんて、父が見たらさぞ羨ましがることでしょう。今時、息子が父親と二人で出掛けるなんて珍しいと言われますが、二人で山崎蒸溜所に出掛けたり、バーで父のウイスキー談義に付き合ってくれたり、立呑み屋デビューさせたりと結構うまくやっています。35歳でわからなかったことに51歳になって気付く、ウイスキーが樽の中で10年20年の熟成を重ねて成長するように、人も幾年月の時間をかけて大切な事に気付くのかも知れません。

佳作ましくん。さん 大阪府 / 29歳 / 男性

子供の頃から「お父さんにそっくりね。」と言われるのが嫌だった。一緒に飲んだこともないし、本音を語ったこともない。そんな俺も30歳になり気がつけば、親父と同じ職業につき、ようやく家庭を持つことが出来た。今までを振り返ると誰よりも自分が一番親父の存在を意識して追いかけてきたように思う。近頃はあまり飲みに行ってないってお袋から聞いたけど、体の調子はどうなんだよ?しばらく田舎には帰ってなかったけど、今度帰った時は、親父がよく行ってたあの飲み屋に連れてってくれ。仕事の事や子育ての事。親父とお袋の老後の事。いろいろと話しておきたい事がある。「お父さんにそっくりね。」と言われることがようやく誇らしく思えるようになってきたよ。俺も息子の事をしっかり見つめて生きていこうと思う。もうすぐ定年だけど、あまり無理すんなよ。とりあえずは体を大事にして親孝行させてもらうまで元気でいてください。

佳作あんぱんこさん 岡山県 / 35歳 / 女性

お父さん。いつも優しいお父さんが、1度だけすごく怒ったことがあったね。今でも鮮明に覚えているよ。小学6年の時、家族で出掛けようと言った時私が『家に居る』と一言。その瞬間、お父さんは私の胸ぐらをつかんでひきずった。訳もわからずお父さんを罵倒したが、『今しか家族そろってでかけられない。中学生になって部活が始まれば、みんなですごす時間もなくなるだろうから一緒に行こう』と。今思い出しても、涙がとまりません。結婚して離れて親となり、初めて分かる様々な思い。お父さんのように家族を大切にするね。そして、これからも一緒にお酒を飲もうね。ありがとう。

佳作かおりんさん 沖縄県 / 43歳 / 女性

1人暮らしを決意して、準備をしていたあの日。父の背中がやけに小さく見えた。「あ~心配ばかりかけてきたなぁ」「あの時のゲンコツは痛かったなぁ」などと思い返しているうちに涙が溢れてきた。今でも、その日の事を思いだすと泣けてくる。でも、昨年私が大病をして手術をし無事に退院した日、今度は父の背が大きく見えた。何も語りはしないが、何だか「お前なら、これから先も大丈夫だ」と言っているように思えた。その背中のおかげで勇気を貰えたような気がする。お父さん、これからも心配をかけますが、宜しくお願いします。それから、【有難う】また、一緒に美味しいお酒飲もうね。

佳作えがけんさん 埼玉県 / 45歳 / 男性

「ウイスキー、飲んでみる?」生まれも育ちも九州は福岡の親父は、晩酌といえばいつもの芋焼酎だった。親元を離れ、家庭を持ち、孫の顔を見においでと親父を呼んで初めてウチに泊めた最初の晩、それとなくウイスキーを薦めてみた。なんだかこそばゆい。息子に薦められるがままにグラスを口に運ぶ親父。口下手な親父から出てくる言葉は想像がつく。九州の男は無愛想で言葉足らずで、何より頑固だ。しかも保守的。素直に飲んだだけ評価してやろう(笑)。そんな親父ももう70歳を越えた。酔いが回るのも早かろう。「ウイスキーって、こげんうまかったと?」嬉しそうな顔をしていた。誇らしさと寂しさが交互に押し寄せてくる。親に肩を並べたとか、追い抜いたとかそんな大層な話ではない。でも素直に言えた。「そうやろう?」オヤジ、いつまでも元気でな。また一緒に飲もうや。

佳作ぐりさん 静岡県 / 57歳 / 女性

父に会いたいと思う。どうしても会いたいと思う。決して家庭的な父親ではなかった。父自身も小さな時に親を亡くし、温かな家庭に憧れながら家族の付き合いが出来ずにいる人だった。結局、離婚して家を離れて他の土地で女の人と暮らすようになった。時々、私は小遣いほしさに父に会いに行き、ぎこちない会話を少しだけ交わした。その父も8年前になくなった。事情があって、父の眠るお墓さえわからない。ずっと物わかりの良い娘を演じてきたけれど、今なら泣きながら言えるよ。「お父さん、もっと一緒の時間をたくさん過ごして甘えたかった」一緒にウイスキー飲みたかったよ。

佳作かなうの父さん 茨城県 / 40歳 / 男性

初めての給料をもらって、酒好きな父に何か送ろうと、山崎12年を買ったが、ただただ会社の一員になることに必死で、渡すことができないまま月日が経ってしまった。ふと気づけば、5月の母の日。母には、カーネーションと、ちょっと高い傘を買ってあげ、実家でそれを直接渡した。母は私の給料から、父より先に何か買ってもらったことを、誇らしげに喜んでくれた。本当は、父に買った山崎12年が先なのだが・・・・。1ヶ月後、父の日に実家に帰り、キーホルダーとともに、あの初給料で買った山崎12年を渡した。あれから、19年。あの日以来、今もあの山崎12年は、父の部屋で封を切られることなく飾られている。もう、あの山崎は、12年物ではない。「山崎31年」おやじへ『6月15日は、そちらに行きます。その日持っていく山崎18年を、一緒に飲もう。』

佳作アロマさん 福岡県 / 44歳 / 女性

お父さん、お元気ですか。私が結婚して福岡に来てから早いもので17年が経ちました。苦労も多く、遠く離れた場所に嫁いだことを何度も後悔しました。泣きながら電話をかけたこともしばしば…。そんな時いつも温かい言葉で励ましたりエールを送ってくるお父さん。大きな愛情で見守ってくれてることに感謝です。いつも元気を与えてくれて心からありがとう!!年に一度は子供たちに会いに半日かけて車で来てくれますが、70歳を過ぎたらちょっと心配。これからは新幹線のチケットを送ります!!いつまでも元気でいて下さいね。そしてまた一緒に呑みましょう♪娘より。

佳作uaai3112さん 茨城県 / 40歳 / 男性

父はウイスキーをこよなく愛した。度が過ぎるほどに。自分が若かった頃、そんな父を受け入れることができなかった。ウイスキーだけは口にしなかった。数年前、父が他界した。その際、霊前にウイスキーを捧げた。その後、ふとした事から、ウイスキーを飲んでみた。今までに経験したことのない味だった。父が生きているときに酌み交わせたら、どんなに愉しいひと時を過ごせたかと思うと、今更ながら、心残りである。週末の夜、ひとり静かにウイスキーを味わう。すると、父がそばにいて、何かを語っているようだ。父に捧げたウイスキーはまだ、封を開けていない。自分が父と同じ歳になったら、開けてみようか。

佳作くらちんさん 東京都 / 43歳 / 男性

子供のころ、親父のウイスキーを飲むしぐさが無性にかっこよかった。氷とグラスのカラカラという小気味よい音と、ブラウン色の液体が醸し出すなんとも不思議な感じ。どこからみても典型的日本人の親父が、その仕草だけ外国映画のワンシーンに感じたりもした(当然錯覚だが)。自分が大人になり、酒を飲むようになって気づいたことがある。ウイスキーを飲む時、少しかっこをつけてしまうのだ。でもこれは仕方がない、ウイスキーとはそういう飲み物なのだ。酒の味とかっこつけもウイスキーの魅力と僕は思っている。今年の父の日、ウイスキーを飲みながら親父に聞いてみたい「親父もかっこつけてたんだろ」と。そして「これからもかっこいいとこ見せ続けて欲しい」と。

佳作ぽんつよさん 静岡県 / 43歳 / 男性

親父と実際に飲んだのは数えるくらいしか無かったね。でも成人式の日に一緒に飲んだ「山崎」は思い出の一杯だよ。普段は「オールド」の親父だったのに成人式の祝いだからって、うれしかった。去年の6月に亡くなって、もう一緒には飲めないけど、父の日には大好きなウイスキーを持ってお墓参りに行くからね。

佳作heroさん 東京都 / 28歳 / 男性

小さい頃から父の姿を見て野球を始め、なんだかんだで仲の良い親子だったと思う。そして自分が成人して、仕事を始め、お酒も覚えたのだか、父はお酒が飲めない。小さい頃から飲んだところを見たことがない(笑)個人的にいろいろあり会社をやめ、東京に勉強のため上京し、新たな仕事についた。そんな時、父が仕事で東京に来るので、晩御飯を一緒に食べようとお店に入ったら、お酒の飲めない父がお酒を頼んだ。私は、父親とお酒を飲むというのはちょっとした夢だったが、お酒が飲めない父なので諦めており、自分が父親になった時には、子どもと飲みたいと思っていた。酒好きな自分に父も何かしらそのような気持ちが働いたのか。父は1杯で真っ赤になり、あまり飲めなかったが、すごく幸せな気分になれた。ありがとう。やはり偉大な父だった。

佳作toshiさん 福岡県 / 48歳 / 男性

親父、昭和一桁生まれの親父はとにかく頑固すぎ、そして何よりさみしがり屋やね。今まで自分のわがままを通して生きてきたけど、年齢を重ねる度に少し丸くなってきたような気がする。けれど、そんな親父の背中を見て育ち、そして親父に追いつこうと一生懸命頑張りようよ!最近めっきり酒を飲まんごとなってきたけど、今度一緒に亡くなった母ちゃんとの昔話を酒の肴に飲もうや。改まって云うのも恥ずかしいけど親父の子供に生まれてきて良かったばい。

佳作とやちんパパさん 徳島県 / 55歳 / 男性

ずっと働き続けてきたお父さん、あなたの「人生」は正に人のために生きた人生ですね。今は亡き母の夫として、子供たちの父親として、家庭の大黒柱として、民生委員として社会のために、本当に長い間ご苦労さんでした。これからは体に気をつけてのんびり自分のために生きてください。お酒の大好きなお父さんが私たち2人の子供が大学に行っている間は禁酒していたと聞いたときは苦労をかけていると心が痛みました。就職して一緒にお酒が飲めるようになった時は本当にうれしかったです。いつの間にか私のほうがお酒に強くなったけど、また一緒に飲みましょう。やさしい父さんありがとう。

佳作ちーねぇちゃんさん 三重県 / 62歳 / 女性

あなたが亡くなって、四半世紀もたってしまいました。私が小2の時でしたから、思い出もそんなにありません。感謝の言葉なんて、おもいもつきませんでした。でも、この年になると、なぜか、あなたの事が思い出されます。なんてことはありません。ただ膝の上にのっていたとか、叱られるからと隠れていたとか、ただただ、おひげがいたかったとか・・・でも、当時呼んでいた『おとうちゃん』この言葉が懐かしくて。ショットグラスにウイスキーを入れて、美味しそうに飲んでいた、そんなあなたの少ない記憶とともに、今元気にくらしていることに感謝の気持ちをこめて・・・。かまってくれない娘の代わりに、父の日は特にさびしげな夫を慰めつつ、ウイスキ-の杯をかたむけます。

佳作かっきー024さん 福岡県 / 53歳 / 男性

毎年やってくる父の日。小さい時はそれは忌まわしい日だった。ちょうど2歳の秋に炭坑事故で他界した。ほとんど父の思い出は無い。ただ遺影を見るとだんだん自分も似てきたと思うようになった。そして53歳の春に久々に帰郷してきた息子も22歳になり、すっかりと大人らしくなってきた。1週間の滞在であったが、初めて息子と酒を酌み交わす。たいした話題でもないが、やっぱり親子は似てくると感じた。自分が父親を知らない分、子供にどう接するか判らない時もあったが、今では昔話みたいだ。ロックの氷がうそみたいにカランと鳴った。死んだ親父がいた気になった一瞬である。これからしばらくは帰郷する息子と飲むことも増えることを望みたい。そしてこれから毎年、遺影の前でも飲める気がする。乾杯。

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