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ジャパニーズウイスキー物語 水薫る

第六話 香りの花束の継承

頂点に達した匠の技

原酒をテイスティングする
佐治敬三(1980年代)

エイジング(熟成年数)を意識する時代、長期熟成のプレミアムウイスキーが愛される時代が到来する。そう読んだ佐治敬三は新たな挑戦をする。佐藤乾を継いだ稲富孝一チーフブレンダーにこう告げた。
「創業90周年に、サントリーの枠を集結した傑作を出したい」
『山崎12年』でサントリーのモルト原酒づくりの技術の高さを敬三は確信した。手応えをつかんだ彼は、さらに長期熟成の最良の原酒のみをブレンドした逸品を世に送り出そうとしたのだった。


モルト原酒の個性を語る
品質広告(1987年)

長年ヴィオラに親しむ稲富は、ブラームスの交響曲第一番第四楽章をイメージしながら山崎、白州両蒸溜所が生み育てた原酒を厳選する。彼はキーモルトにミズナラ樽の長期熟成モルトを加えた。
このミズナラ樽はホワイトオークと同じ仲間の北海道産ミズナラの材でつくられたものだ。モルト原酒をミズナラ樽で長期熟成させると香木の伽羅(きゃら)を思わせる芳香を湛える。敬三お気に入りの原酒のひとつでもあった。
こうして30種以上の長熟モルト原酒と数種の長熟グレーン原酒をブレンドして、新たな傑作、日本のハーモニーが誕生した。


日本のブレンデッドの
代表格、『響17年』

1989年(平成元)、高級ブレンデッドウイスキー『響17年』が発売される。鳥井信治郎から築き上げ、磨き上げた香味が凝縮されていた。サントリーの原酒が美しく響き合った、ジャパニーズブレンデッドの誇りが香り立つ一瓶となる。
敬三、70歳を迎える年の春。モルト原酒づくりとブレンドの匠の技が、ひとつの頂点に達した。
だがそこで満足しないのが敬三であり、鳥井信治郎ゆずりのスピリットだった。
同じ頃、山崎蒸溜所の革新的な大改修をおこなう。直火蒸溜釜、木桶発酵槽の導入など、多彩な香味のモルト原酒のつくり分けをより強化する。
1989年に新設備での製造がはじまったのだが、これが後に大きな成果となって表れ、世界に認められることになる。

90年代に入るとシングルモルトが少しずつ認知されはじめる。それは世界的な傾向でもあった。
1994年(平成6)、シングルモルトウイスキー『白州12年』発売。同年『響21年』、1997年には『響30年』を発売する。敬三が想い描いたプレミアムウイスキーの世界が充実していく。やがて21世紀の声が大きくなるにつれてシングルモルトはブームとなっていく。

1999年(平成11)、サントリーは創業100周年を迎えた。記念式典では敬三の愛唱歌「すみれの花咲く頃」を全社員が歌った。彼も壇上で花束を手に口ずさんだ。深く熟成し、豊かな芳香を放つウイスキーは香りの花束といってよい。麗しい香りの花束を世に贈りつづけたマスターブレンダーにふさわしいステージとなった。

7ヵ月後。1999年11月3日。佐治敬三逝く。日本に洋酒文化を開花させた男は、80歳を迎えた2日後の文化の日に生涯を閉じる。

未来へ受け継ぐチャレンジ精神


左/2006年IWSCにおいて最高賞トロフィーを受賞した『山崎18年』
右/2006年ISCにおいて金賞を受賞した『白州18年』

鳥井信治郎、佐治敬三と繋いだ100年は、21世紀に入り、新たな100年へと向かい駆けつづけている。三代目マスターブレンダーの鳥井信吾は、より豊かな香りの花束を世に贈りつづけようと研鑽を惜しまない。
いまサントリーウイスキーは世界を魅了しつづけている。2003年(平成15)、ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)で『山崎12年』が金賞受賞。これは1980年代末の山崎蒸溜所大改修の成果といってよい。改修後につくり込まれたモルト原酒たちの香味が大いに生かされているからだ。
翌2004年には『響30年』がISC最高賞のトロフィーを獲得。2005年のSWSC(サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・チャレンジ)では『山崎18年』が金賞。そして2006年のISCにおいては『響30年』『響21年』『白州18年』が金賞をトリプル受賞し、『響30年』が再びトロフィーを獲得する。同年のIWSC(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション)では『山崎18年』が最高賞のトロフィー受賞と、栄誉に輝きつづけている。これらは山崎80有余年、白州30有余年、時代を超え、脈々と受け継がれてきた匠の技の結晶といえるものだ。


2005年に改修された、白州の新規ポッドスチル

かつて『ローヤル』が完成した時、信治郎は老いた目を細めて「ええなぁ、桜吹雪が目に浮かぶ香りや」とつぶやいた。まさに“ジャパニーズウイスキー”とのたとえであろう。
軟らかで繊細な味をもつ水に恵まれた日本人の味覚はデリケートで、突出した強い香りや味を好まない。欧米人にとっては時としてそれが薄味に感じられるものだ。だが香味を形づくる基本は贅沢でことのほか豊かだ。サントリーウイスキーはこの基本で貫かれている。
芳醇で調和のとれた香味。これこそが信治郎が目指したジャパニーズウイスキー。それをいま、世界が極めて高い評価をもって迎えている。


2006年に改修された、山崎の新規ポッドスチル

2005年、白州蒸溜所は7基のうち2基のポットスチルを新しくした。翌2006年、山崎蒸溜所は12基のうち6基のポットスチルが新しくなり、初溜釜すべての形状が異なる、世界でも例のない蒸溜所に生まれ変わった。
いまよりもさらに芳しく華麗なモルト原酒誕生のために、三代目マスターブレンダー鳥井信吾が決断した大改修である。未来の開花のための種がまかれたのだ。遺産を受け継ぎながら進化していく。これがサントリーのウイスキーづくりの精髄だ。
モルト原酒の貯蔵熟成も進化へのチャレンジ精神で貫かれている。ホワイトオーク、スパニッシュオーク、ミズナラといった樽を駆使して原酒を熟成しつづけているメーカーは世界でもサントリーだけであろう。それぞれの樽による熟成の違いがより多彩な香味の原酒を生み、ブレンド技術を高め、新しい香味を創造させる。

山崎、白州両蒸溜所の水はこれからも豊かに薫りつづける。職人たちが伝承しつづける精神性と匠の技が、未来にはより洗練されたジャパニーズウイスキーを生む。
薫った水をブレンダーがブーケにする。グラスに注ぐと香りの花束が華麗に立ち昇る。春になると必ず桜の花片が舞うように、それは決して枯れることのない花束だ。

(完)

三代目マスターブレンダー
鳥井信吾

  • 第一話 本格国産への挑戦
  • 第二話 研鑽が生んだ傑作
  • 第三話 激動の中での熟成
  • 第四話 大衆が認めた香味
  • 第五話 モルト原酒新時代
  • 第六話 香りの花束の継承
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