WHiSKY on the Web ウイスキーミュージアムウイスキーをつくる椎名誠 シングルモルトウイスキーの旅 > 第1回 スペイサイド突入編
椎名誠写真椎名誠 シングルモルトウイスキーの旅

第1スペイサイド突入編回

 

これまでビールを愛してやまなかった作家シーナだが、最近、すっかり蒸溜酒に目覚めてしまった。蒸溜酒の最高峰といえば、シングルモルトウイスキー。シングルモルトといえば、スコットランド。なかでも、蒸溜所が50以上あるというスペイサイドは、シングルモルトの聖地である。至高の一杯を味わうため、シーナは新緑の大地に突入していくのであった。

ザ・マッカランの蒸留所の貯蔵庫内で、モルト原酒を試飲する椎名氏

さすがに本場

キャッスル・ロックと呼ばれる岩山に造られた自然の要塞、エジンバラ城

エジンバラは石の街だった。それほど高くはない、せいぜい4、5階建ての石造りの建物が石畳の道の左右に連なり、午後9時少し前の鋭い残照の中で沈黙している。この季節、日照時間が長く9時すぎないと夕闇の気配すらない。いましがた着いたばかりで日本との時差が8時間ほどある。感覚的にはまだ寝不足気味の朝というところだったが、ここではすでに夕食の時間だった。ハイストリートにある『ジャクソンズ』というレストランに行った。石の建物の中の石造りの部屋である。効率よく配置された重そうな木のテーブルと意匠をこらした木の椅子。石壁のあちこちに小さな灯がつけられていたがどちらかといえば闇のほうが勝っている。

厚みがありその香りまでもが絶品の、アトランティック・サーモン

さすがに本場。メニューの酒はウイスキーが主で食前と食事中と食後のおすすめモノにわけられて、もっとも“通”は食前にシングルモルトのストレートをやるようだ。見まわすとビールなど飲んでいる客はいないようである。なめられてはいけないと思い、ビールではなくシングルモルトウイスキーを注文する。しわがれて迫力のある喋り方をするマダムが「水や氷など入れたら喉をかっ切るワヨ」と言う。この国に着いたばかりで喉をかっ切られてはたまらないからオーヘントッシャン10年のストレートを注文。4ポンド(720円)と安いのである。話しに聞いていたがサーモンがうまい。厚みが違う。香りがソフトである。鹿肉の照り焼きとアンコウのムニエル、大正海老のソテーを食いつつさらにウイスキーをぐびぐび。食後酒はどうだまいったかとマッカランの25年ものをぐい、とやったらこっちがまいってしまった。いやはやさすがにウイスキーの国である。

エジンバラ城からすぐそばのウイスキー博物館「ザ・スコッチ・ウイスキー・ヘリテイジセンター」とその周辺。石畳の道に石造りの建物が軒を連ねる

翌朝もいい天気だった。石の街は塵が少ないからなのか、朝から太陽の射光がスルドイ。レンタカーでカールトンの丘に向かい、ちょっと軽い朝飯を、と丘の入り口にあったハンバーガースタンドに入ると、店の親父がレンタカーを見て「タイヤがパンクしているぞ」と言った。見ると左後部のタイヤになぜか太いボルトがしっかり垂直にめりこんでいる。どうしてこのすごいパンクに気がつかなかったのだろうか。街はずれにある『クイックフィット』という修理屋を何とか捜し当てて直してもらったが、修理代はタダであった。スコットランドはいい人が多いぞ。

今日のうちに北へ200キロ進み、スペイ川流域まで行く予定である。そのあたり世界に名だたるシングルモルトウイスキーの蒸溜所が集中しており、今度の旅のほとんどは本場の原産地を巡る、ウイスキー三昧の日々になるはずだ。

エジンバラを出る前にウイスキー博物館『ザ・スコッチ・ウイスキー・ヘリテイジセンター』でウイスキーの歴史やその製造方法などをにわかに学習したあと、2時間ほどひたすら北上し、ピトロッホリーという小さな街で昼飯。スコットランドを代表する庶民料理のひとつ、ジャガイモと長葱のスープにありついた。安くてうまい。これだけで十分昼食になる。