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福西英三のウイスキートーク
vol.3
ワン・フォー・ザ・ロード  One for the road
タラモアデュー蒸溜所 タラモアデューボトル
左:タラモアデュー蒸溜所
右:タラモアデュー

 このカウンターに座って飲み始めてから、かれこれ一時間半は経っている。
「じゃ、アイリッシュ・ウイスキーでピリオド、としようかな」と、ぼく。「はい。ワン・フォー・ザ・ロードというわけですね」とバーテンダーの宇井君。いつもながら会話のラリーが心地よい。

 ワン・フォー・ザ・ロード(※1)。イギリスやアイルランドで、パーティーやバーで飲む最後の一杯を、“帰り道のための一杯”とシャレていう。とかく酒飲みは、切り上げに未練をもつ。時間の経つのを忘れて、“もう一杯”とねだりたくなる。その意志の弱さを断ち切るための呪文が、このワン・フォー・ザ・ロードという成句なのかも知れない。

 アイルランド人には、酒好きで、ジョーク好きが多い。なにしろ、彼らのウイスキーのワン・ショットとはボトルの十分の一本、つまり七五ミリリットルというのが、つい最近までの慣習だった。そして、乾杯となると、「あなたの敵の、そのまた敵に乾杯!(※2)」などと、五分の一秒ぐらい考えさせる言葉で相手を祝福する。飲み手が素直に「ワン・フォー・ザ・ロード」と宣言しても、「アンド・メイ・ユー・ノウ・エヴリ・ターニング(※3)」とすかさず追い打ちをかける。“家までの曲がり角を間違えるなよ”という冷やかし半分の忠告だ。

「――でも、アイリッシュを召しあがるのは珍しいですね」「実は、昨夜、テレビで聴いた東儀秀樹さんの『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』のメロディが、さっきふと頭に蘇ったもんでね」「ああ、映画『タイタニック』のエンディング・テーマ。ケルト調のあの曲ですね」「東儀さんの篳篥(ひちりき (※4)の演奏が、とても心に残ってね。だから、アイリッシュが無性に飲みたくなったんだ」

 その昔、神がアイルランド島西北スリゴ村の沼地に、片手に大麦、片手に蒸溜器を携えて降り立ち、島の人びとにウイスキーづくりを教えた、という伝説がある。ケルト人のウイスキーに対する幻想が、こういうかたちに結実したのだろう。

 だが、この伝説には現在のアイリッシュ・ウイスキーの特徴を示す大きな示唆が含まれている。それは“片手に大麦”という表現だ。

 スコッチは大麦主体の酒ではあるが、その上にピートという鎧を着ている。アイリッシュは、ごく一部の例外を除いて、その鎧を身に着けていない。ひたすら、大麦由来のまろやかで香ばしい香味で迫ってくるウイスキーなのだ。それが、ケルト音楽同様に、こちらの心をなごませてくれる。 「ワインでいえば、果実味を感じさせるメルロの赤ワインみたいな感じだね」と、ぼく。「カベルネ・ソーヴィニヨンは、タンニンの鎧を着てますものね」と、宇井君はワインもしっかり勉強している。

「ほう。スコッチをカベルネ・ソーヴィニヨンのワインにお見立てしたいわけね」「ええ。そう思いません?」「同感、同感。じゃ、バーボンは? といきたいところだが、ワン・フォー・ザ・ロードを飲んでしまったことだし、降りる駅を間違えないように帰るとしようか」

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※1 one for the road 『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)では、口語表現として、「(親しい人と別れに飲む)最後の一杯」と訳されている。
※2 Here's to the health of your enemies' enemies !
出典
THE SPIRITS OF IRELAND
Raymond Peter Foley/
FOLEY BOOKS, Inc. (1998) U.S.A.
※3 Here's one for the road and may you know every turning !
出典(前同)
※4 ひちりき 雅楽に用いるたて笛。長さ約20cmで、表に七つ、裏に二つの穴があり、蘆(あし)を舌としている。
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wtalkicon1.gif 福西英三
1930年、北海道旭川市生まれ。バー経営、全日本バーテンダー協会理事兼編集局長を経て、サントリーフードビジネススクール専任講師となる。同校で24年間教鞭をとり、校長職を最後に、93年退職。現在、エスポア本部特別顧問。著書に『ウイスキー入門』(保育社)、『福西英三の超カクテル講座』(雄鶏社)、『リキュールブック』(柴田書店)などがある。