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ウイスキーとミステリーの世界

『赤と黒 池袋ウェストゲートパーク外伝』

(2001 日本) ; 作/石田衣良; 出版/徳間書店

赤と黒 池袋ウェストゲートパーク外伝

(ストーリー)
10分で1千万円。売れない映像ディレクターの小峰渉が一枚噛んだのは、そんな美味しい仕事の話だった。池袋の裏カジノから売上金を強奪する。もちろんカジノが警察に被害届を出せるわけもない。したがって絶対に足はつかない。小峰の分け前は1千万円だ。いい儲け話のはずだったが、どこかで計算は狂っていた。一味に加わった鈴木という目立たない中年男が、あろうことか仲間を射殺して金を独り占めし、逃げたのだ。しかも、あっという間に小峰の素性は闇社会にばれ、カジノを経営する羽沢組に拉致されてしまった。絶体絶命の窮地だったが、小峰は腹をくくり、羽沢の親玉に提案を持ちかけた。逃げた男を見つけ出し、自分が金を取り返す。それで今回のことはチャラにしてくれないか――。幸いなことに提案は認められ、斉藤という若いヤクザを目付け役にする条件で小峰は解放された。果たして逆転の一手は成功するのか。人気作家の傑作犯罪小説。


――「チップはいくら代えてきますか」
老いた張りプロは広い店内を見渡していった。
「千と五百。十万で百五十枚。それからガジ拓さんよ、うんと薄いハイボールをもらってきてくれ」

裏カジノ事情には詳しくないが、ラス・ヴェガスなどの公営カジノでは、ウェイトレスたちが客から飲み物の注文をとるので走り回っている。わざわざカウンターに行くまでもなく、カードテーブルまで届けてくれるのですこぶる快適。もちろんカジノ側は親切でやっているのではなく、賭けの手を休めさせないためにしているのである。このとき酒を持ってきてもらっても、「いくらですか」などと聞いてはだめ。たぶん困ったような顔をして「あなたのお好きなだけよ」と言われるに違いない。飲み物代は、ただに決まっているのだ。カードテーブルの場代にあらかじめ含まれているのだから(スロットマシーンとブラックジャックのテーブルしか置いていないような場末の店はその例にあらず)。ウェイトレスに渡す分は、すべてチップである。何かの映画で観たが、百ドル・チップをそのまま指ではじいてくれてやるというのを一度やってみたいものだ。そこまで景気よく勝ったことはないので、今まで果たせずにいる。

――真夜中の零時から三時間、張リプロは立ったままときおり薄いハイボールで口を湿らせ、ルーレットを張り続けている。最後のほうではひと勝負の掛け金が二百万近い大勝負だった。神経と肉体に重なった疲労は小峰には想像もできなかった。

カジノで飲むときの鉄則は、決して酔っ払わないこと。真剣勝負の場にいるのだから、それも当然だ。張り詰めた心をほぐし、緊張感を飼いならすにはウイスキーの魔力に頼るのがいちばんいいのだが、それでも度を過ごしてしまっては駄目だ。『赤と黒』の老ギャンブラーのように、薄めのハイボール、すなわちウイスキー・アンド・ソーダぐらいに留めておくほうがいいだろう。カクテルもいいが、ショート・グラスのものはお薦めできない。味うんぬんではなく、カード・テーブルの際に置くには(セルのところに置くともちろんディーラーに叱られるだろう)、足の長いカクテル・グラスは危なっかしすぎるのだ。興奮したはずみに落っことしたりしたら、それこそ恥ずかしいしね。頼むなら、オールド・ファッションド・グラスを使った、ウイスキー・ミストなどがお薦め。クラッシュド・アイスの詰まったグラスにウイスキーを注ぎ、レモン・ピールを添える。頭に血が上ったら、グラスを手に取るのだ。クラッシュド・アイスの入ったグラスはひんやりとして頭を冷やすには丁度いい。氷がみんな溶けてしまっていたら、そろそろ引き上げどきということだ。決してお代わりをして粘ったりはしないこと。

ミステリー作家がオリジナルのブレンドに挑戦する企画「謎2004」は、『池袋ウエスト・ゲート・パーク』の人気作家・石田衣良氏の作品が最優秀作として選ばれた。石田氏のコメントによれば、コンセプトは「梅雨明け最初の7月の週末みたいなからりとした爽快さ。香りは甘く、口当たりは軽く、それでも喉越しにはちゃんとしたウイスキーを飲んだという満足感が残る。そんなロック。イメージとしては、ベートーヴェンの第四シンフォニーみたいな軽やかにして、 隅々までの充実」とのことだ。なんだか、舌の上を軽やかに転がっていきそうな雰囲気のウイスキーではないか。こうしたブレンドだと、通常の水割りにしても、またハーフロックで含んでも楽しめそうである。このウイスキーを片手にカジノ遊びを楽しむとしたら、ルーレットがいいかな。みんなでああでもない、こうでもないとがやがや言い合いながらチップを動かすのは、孤独なカードゲームとまた違った楽しみである。爽やかなこのブレンドのイメージとよく合うのではないかと思う。


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