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ウイスキーとミステリーの世界

『クレオパトラの夢』

(2003 日本) ; 作/恩田陸; 出版/双葉社

クレオパトラの夢

(ストーリー)
神原恵弥は世間の常識にとらわれず生きることを信条としている。常に女もののファッションに身を包んでいるのもその一環だ。恵弥には双子の妹、和見がいた。男性でありながら華奢な体つきの恵弥は、和見と服を共有することもあった。和見が北海道H市に移り住み、自分が海外で就職したこともあり、しばらくは疎遠な日々が続いていたが、ある日恵弥は和見の家を訪ねることになった。だが現れた和見は、恵弥を伴って知人の葬式に出席するという。恵弥は不承不承それにつきあい、会場で故人の名を見て愕然とした。若槻慧、それは和見の不倫相手だったのだ。一回り以上も年上で妻子までいる男との恋のために和見は自ら人生の針路を変え、H市に移住することまでしていた。その相手が、よりによって自分の帰国したときに亡くなっていたとは。愕然とする恵弥だったが、実は若槻の死の裏には隠された事情があったのだ。冬の街で展開されるノンストップ・スリラー。


――二軒目には行かず、和見のマンションに戻って二次会をすることにした。
近所のコンビニでウイスキーを買い、部屋が暖まるのを待ちながらポットのお湯で割って飲む。

一人暮らしの淋しさをもっとも強く感じるときはいつか、というアンケートの集計結果を見たことがあるが、「部屋に帰って自分でライトのスイッチを入れるとき」という回答が多かったと記憶している。「帰宅して冷え切った部屋を暖めているとき」なども、かなり淋しい気持ちになるのではないだろうか。雨でも降っていたら最悪だ。雨水が滲みて冷たくなった爪先を気遣いながら、室温が上がるのを待っているときの気分たるや、世界に自分しかいなくなったような孤独感である。部屋が急に大きく感じられて、じーんという冷蔵庫の唸り声まで自分を馬鹿にしているように聞こえてくる。

そういうときに丁度いいのが、ウイスキーだ。とりあえず体の中から温めてしまおう。やかんで一杯分だけのお湯を沸かし、ホット・ウイスキーを作る。それを飲み終えるころには、部屋も暖まり、気持ちも温もっているという寸法だ(もちろん、今はどこの家でも電気ポットが当たり前になったので、帰宅後すぐに残しておいたお湯を使うこともできる)。その効用は一人の場合に限らない。親友、恋人、兄弟姉妹、どんな間柄でもいい。一緒にホット・ウイスキーを口にしているうちに、なんだかお互いが同じ体温になっていくような気分がしてくるから不思議だ。飲み終えたときには、二人の間にあった見えない障壁も取り払われているのである。注意すべきは、お互いの眼を見合いながら飲むこと。きっと、アイコンタクトで無意識のうちに体温を調節しているのだろう。眼の会話だけでは不満という方は、もちろん手をつないだりしていてもいいのです。

そのホット・ウイスキーを美味しく作るコツは、とにかく熱いお湯を準備すること。ポットのお湯ならまず大丈夫だが、80度以上はあることが望ましい。そして、ホット・ウイスキーを注ぐグラスも、事前に温めておいた方がいいだろう。ラーメンの丼や、玉露の茶碗にあらかじめお湯をかけておくのと同じ理屈だ。せっかく注いだお湯の温度が器に奪われて下がらないように、という配慮である。取っ手つきのグラスがない場合には、マグカップを使うのもいいかもしれない。ウイスキーとお湯の比率は1:3ぐらいか。ちょっと甘めの方が好きな方は、お湯を入れる前に角砂糖を一個グラスの底に転がしておくといいだろう。これでホット・ウイスキー・トディになる。角砂糖を蜂蜜に変えたり、シナモンやレモンスライスを加えたり、さらにお好みで手を加えても大丈夫。
ウイスキーで温まると、人はついつい本音を口にしてしまうようになる。たとえば『クレオパトラの夢』の神原兄妹のように。

――恵弥は灰皿で煙草を押し潰し、ウイスキーを飲んだ。
「彼氏――かあ、本当にあの人、あたしの彼氏だったのかな」
「何よ、いきなり」
和見のグラスにウイスキーを足しながら、恵弥は鼻を鳴らした。

本音が出たあとの始末はあくまで各自の責任で。アドバイスするなら、ホット・ウイスキーのような、温かい気持ちで話は聞いてあげることである。


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