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ウイスキーとミステリーの世界

『快楽通りの悪魔』
Chasing The Devil's Tail

(2001 アメリカ) ; 作/ディヴィッド・フルマー; 訳/田村義進訳; 出版/新潮文庫

快楽通りの悪魔

(ストーリー)
1907年のニューオーリンズ。そこでは人種差別主義が当然のものとして横行していた。娼婦ですら、人種によって娼館の棲み分けを余儀なくされる。その娼館地帯を統べるのは州議員のトム・アンダーソンで、元警官のヴァレンティン・サンシールが、彼の手足となって働く私立探偵として雇われていた。事件は突如起きた。娼館の一室で、女が切り刻まれて殺されたのだ。事件を調べるヴァレンティンだったが、それを嘲笑うかのように第二、第三の事件が起きてしまう。奇妙なことに、現場には常に黒い薔薇が遺されていた。そして女が殺される直前にヴァレンティンの旧友、キングことバディ・ボールデンの姿が目撃されていたのだ。バディは生きた伝説となったコルネット奏者だったが、私生活のたがが外れ、バンド仲間にも見放されつつあった。ヴァレンティンは親友を疑うべきなのか。彼の煩悶をよそに、再び事件は起きる。草創期のジャズの狂騒を背景に送る歴史ミステリー。


アメリカン・ウイスキーの起源はだいたい18世紀ぐらいまで遡れる。それ以前にも入植者によって自家製の蒸溜酒が作られていたことは間違いないが、それをウイスキーと呼べるかは疑問である。確かなのは、18世紀後半にケンタッキー州への入植が始まり、そこで後のバーボン・ウイスキーの元祖となる酒が造られ始めたということだ。アメリカン・ウイスキーの初期において、もっとも多く流通していたのは、ライ・ウイスキーだったらしい。ライ麦は風味が強く、またグルテン成分を著しく欠いているので単独ではパン作りに向かない弱点があるが、逆に小麦には適さない荒地でも栽培可能なたくましさを備えている。そんなことから、ライ麦が多く酒造の原料に使われたのではないだろうか。合衆国初代大統領のジョージ・ワシントンも、若いころ持っていた自分の農場で、ライ麦を原料にしたウイスキーを造って販売していたという記録があるらしい。ちなみにライ・ウイスキーの原料は51パーセント以上がライ麦なのである。

20世紀初頭のルイジアナ州ニューオーリンズを舞台にしたミステリー、『快楽通りの悪魔』では、ライ・ウイスキーがふんだんに出てきて、それこそ水のように飲まれている。この小説にはジャズの元祖と言われるコルネット奏者バディ・ボールデンが登場する。ボールデンがなぜジャズの元祖と呼ばれるのかというと、バンド演奏に即興演奏を導入したからである。即興、すなわちインプロヴィゼーションこそは、現代芸術の要であるといっていいだろう。痛快なことに、ボールデンはこれらの演奏の着想をしかつめらしく考えて得たのではなく、ライ・ウイスキーによって生み出されたイメージの霧の中から得ていたらしい。しばしば演奏会場を飛び出し、街角や公園でも即興演奏に耽ったというのだ。もちろん、片手にライ・ウイスキーを携えて。

――と、とつぜん空いているほうの手で指を鳴らすと、近くにいた酔っぱらいの手からライ・ウイスキーの瓶をひったくった。赤ら顔の男のきょとんとした顔に、爆笑が起きた。バディはよろよろと歩きながら、片手だけで音階を一気に駆けおり、素早く酒をあおると、同じ音階を今度は一気に駆けあがった。

残念なことに彼の演奏の録音は残っていない。20年以上も沈黙したまま晩年を過ごしたこともあり、完全に伝説の人になってしまっているのだ。『快楽通りの悪魔』では、このバディに連続殺人の嫌疑がかけられる。バディの親友である私立探偵のヴァレンティン・サンシールは、彼の無実を証明するため奔走するのだ。もっとも状況証拠はすべてバディに不利なものばかり。ヴァレンティンは自らの胸中に芽生えた疑いを振り切るため、バディを探し出して一緒にライ・ウイスキーを飲む。それも無人の夜の桟橋で。根っからの芸術家であるバディが、人目があれば絶対に素のままの自分には戻れないことを承知していたからである。水も氷もグラスもいらない。ただライ・ウイスキーのボトルが二人の間にあるだけ。

――ふたりは川岸に向かい、ポイドラス街のはずれにある渡し船用の古い桟橋に腰をおろし、そこで店を出るときにナンシー・ハンクスからもらったライ・ウイスキーを飲むことにした。アラービの向こうの空には、夜明けの曙光がさしはじめていた。そこにはなんの音も動きもなく、まわりには空っぽの空間が拡がっているだけだった。
酒瓶が手から手へと行き交った。ふたりは川面にたつ霞のなかで混じりあう朝と夜の色を見ながら、しばらくのあいだ黙って酒を飲みつづけた。

個人的にライ・ウイスキーは、大麦から作られるスコッチ・ウイスキーやコーンを主原料とする他のアメリカン・ウイスキーに比べ、武骨な味わいであると思う。ウイスキー・ベースのカクテルなどでも、ライ・ウイスキーを使うとまったく味が変わることがある。そういう武骨な酒がいいときもあると思う。たとえばヴァレンティンとバディのように、友人同士腹を割って語り合わなければならないとき。多言を費やして話すのではない。ライ・ウイスキーに語らせるのだ。そうしたとき、互いにライ・ウイスキーを口にしながら、無言の信頼や共感といったものを一緒に飲み下しているのである。


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