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ウイスキーとミステリーの世界

『ミミズクとオリーブ』

(1996 日本) ; 作/芦原すなお; 出版/創元推理文庫社

ミミズクとオリーブ

(ストーリー)
小説家の「ぼく」は四十五歳。東京・八王子の奥の山間に住んでいる。あいにくと子宝には恵まれなかったが、四つ年下の妻と水入らずの暮しは日々充実している。「ぼく」は愛媛の出身で、妻は高校の恩師の娘。彼女は非常に聡明な女性なのに、とんちんかんなところのある「ぼく」は、そこのところをよく理解していないようだ。彼女は普段近所から持ち込まれる着物の繕いなどをして穏やかに暮しているが、ひとたび事件が起きれば鋭い推理を働かせることもある。「ぼく」の旧友で警視庁の刑事である河田は、ときどき彼女の知恵目当てでわざわざ「ぼく」を訪ねてくるくらいだ。そんなとき彼女は家から一歩も出ることなく、状況を聞かされただけで事件の真相を言い当てるのである。ユーモアと推理が一体となった大人のための小説、『青春デンデケデケデケ』作者が贈る傑作ミステリーだ。


スロー・フードという言葉がある。ファスト・フードの対抗概念として造られた言葉で、煎じ詰めれば「ただガツガツと食べるだけじゃなくて、家族や親しい友人とゆっくり楽しめる食事をしましょう」ということ。昨今は「隠れ家」を売り物にしたダイニング・バーも増えたが、あれもこうしたスロー・フードの考え方に則ったものなのだろう。キーワードはゆったり、ゆっくり。

そういうときのお相伴は、ウイスキーがいちばんである。グラスに注いで立ち上る香気をまず楽しむ。グラスを持ち上げて照明にかざし、氷の反射がさまざまに変化するのを鑑賞する。耳のそばでそっと振ってみて、グラスと氷が触れ合う音を楽しむ――と、実際に液体を口に含むまで確実に一分以上は楽しめること間違いなし。その間に目の前に用意したコンロの上では煮干の乾煎りがいい具合に薫りを発し始めていることだろう。その薫りを肴に、まずは最初の一杯をちびり。

『ミミズクとオリーブ』は、少々頼りない主人公の「ぼく」と聡明な妻の物語だが、スロー・フード文化に目覚めた人はぜひ読んでみること。二人の郷里愛媛の郷土料理を中心に土臭い食べ物が数々紹介されていて、即座にウイスキーが飲みたくなること請け合いの作品なのである。主人公の「ぼく」も頼りないくせに食い意地だけは発達していると見えて、こんな肴を考案したりしている。スルメの天麩羅である。

――スルメは、身の方は上下に二つに切り、さらにそれぞれを二センチ幅で縦に切る。それに衣をつけて揚げると、くるりと直径三センチに丸まって、テープを巻き取ったような形になる。食べるときは手にとって、テープ状の身を下の歯で少しずつ折り取るような恰好で食べる。足の方は、一本ずつさいて揚げる。どちらも、イカの天麩羅よりずっとうまい。

例えば仕事が一段落して、もうこれで思い残すことはないや、と祝杯を上げるようなときなどは、こうした肴を用意したほうが精神衛生上よいだろう。大和煮の缶詰パッカン開けて、ではせっかくの酒も泣くというものだ。もちろん「ぼく」の奥さんにお願いすれば、もっと手の込んだ料理も準備してくれるのだろうが、深夜の酒宴にわざわざつきあわせて安眠の邪魔をしないところが愛妻家たるゆえん、なのである。皮を剥いて腸を抜かないといけない生イカではなくて、スルメを選んでいるところがいかにも男の料理という感じで微笑ましいでしょう。

――もうすぐ梅雨も明けるなあ、と思いながらぼくは真夜中に一人祝杯を上げたのだった。(中略)ウイスキーはもらい物のバーボンの銘酒で、大変にうまかった。作家になってよかったなあ、としみじみ思うのはこんなときである。

あなたは最近こういうお酒を飲んでますか? もし飲めていなかったら、あなたはちょっと忙しすぎです。少し仕事を休んで、ゆっくりウイスキーを飲む機会を作った方がいいですよ。独酌でもいいし、親しい人と差し向かい、というのもいい。そのとき「おいしい」は、肴の吟味からあれこれと知恵をめぐらすところから始まっています。男性のあなたは、奥さんにおんぶに抱っこではなく、たまには自分でアイデアを出してみること。


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