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ウイスキーとミステリーの世界

『死体置場は花ざかり』
The Passionate

(1959 アメリカ); 作/カーター・ブラウン; 訳/田中小実昌; 出版/ハヤカワミステリ文庫

死体置場は花ざかり

(ストーリー)
パインシティの保安官事務所に務めるアル・ウィーラー警部はうんざりしていた。死体置場から、その日発見された金髪美人の死体が盗まれたというのだ。おかげで、生きている金髪美人とのお楽しみもそっちのけで死体置場まで駆けつける羽目に。その場にかかってきた匿名のタレコミ電話は、死体がKVNWというテレビ局のスタジオにあるという。おっとり刀でかけつけ、ドラマ収録の行われているスタジオに乗りこんでみれば、撮影用の棺の中からは、金髪美人とは似ても似つかない四十男の死体が転がり出てきた。
しかも死体を死体置場に安置したところ、今度はその心臓だけがえぐられて盗まれてしまったのだ! いったい犯人は何を意図しているのか? 美人の映画女優、メッセンジャー・ジョンと名乗る謎の便利屋などの多彩な登場人物を相手に丁丁発止と渡り合うのは、パインシティ一の伊達男アル・ウィーラー! 世界中で愛されたハードボイルドシリーズ代表作。


スコットランド人が主張するスコッチ・ウイスキーの「正統な」飲み方をご存じだろうか。彼らが認める方法はただの二通りしかない。ストレートでやるか、あるいは氷を入れない水割りだ。そうでなければ、スコッチの命である、あの馥郁とした香りが飛んでしまうからだ。本書の主人公、アル・ウィーラー警部も大のスコッチ党。しかるにその飲み方は――。

「スコッチのオンザロック。ソーダをちょっぴりね」

この言葉を聞いたスコットランド人がどう反応するか、ちょっとここではコメントを差し控えたい。いわばハイボールの変わりだねというやつだ。実際に飲んでみるとわかるが、中途半端にソーダを入れるのはあまり意味がない行為のような気がするのだが――。

いや、待てよ。警部がスコッチをこんな風に飲むのは、たいがい事件の容疑者に何かを尋ねたり、女性の関係者に甘言を弄してたらしこもうとするときだけだ。おそらくはオンザロックを「なめる」ふりをして、酒精に度を失わないようにするための、これは小道具なのではないかな?

なにしろこのウィーラー警部、事件の証拠がうまく集まらなければ、容疑者たちに偽の情報を流して動揺させ、自爆させることくらいのことは平気でやるのだ。当然最後は拳銃沙汰。酔いでコントロールを失うわけにはいかないのだろう。きっと、愛しいスコッチ・ウイスキーを犠牲にすることを心で泣いて、上澄みのソーダだけをちびちび舐めているのに違いない。

ウィーラー警部が本当にくつろげるのは、やはり自宅で一人楽しむ酒なのだろう。つめたいシャワーをたっぷりあびて、服をきがえ、飲み物を作る。自慢のハイファイセットでかけるのは、ペギイ・リーのスタンダード・ナンバー“シー・シェル”だ。

――五つのスピーカーからペギイ・リーの完全なテンポの、ソフトな、しずかになだめるような声がきこえてきた。いかにもすずしい、やさしい声だ。それに、ちっともコセコセしていない。おれもそんな気持になりたかった。

――レコードの両面をかけ、3杯ほどやると、たとえこの人生は生きていくほどの価値はなくても、ともかく死ぬまでは息をしていよう、という気になった。(後略)

良質のウイスキーには、確かに人をこんな気持にさせる効用があるもの。さすがウィーラー、わかってらっしゃる。この時のウイスキーは、やはりスコッチのストレートだろう。いや、そうでなければならないのだ。


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