WHiSKY on the Web ウイスキーミュージアムウイスキーと文化ウイスキーとミステリーの世界ポップ編 > 二日酔いのバラード

ウイスキーとミステリーの世界

『二日酔いのバラード』
Two Steps From Three East

(1983 アメリカ) ; 作/ウォーレン・マーフィー; 訳/田村義進; 出版/ハヤカワミステリ文庫

二日酔いのバラード

(ストーリー)
ラスヴェガスの保険調査員、トレースことデヴリン・トレーシーは、腕はいいがケーハクなのが玉に瑕だ。いつでも勤めているギャリスン・フィディリティ保険会社の副社長ウォルター・マークスに苦い思いをさせている。そのトレースに与えられた仕事は、ある男の死の真相を調べることだった。その男はなぜか、保険金受取人を妻から病院の院長に変更していたのだ。任務地はニュージャージー。だがトレースにはニュージャージーには足を踏み入れたくないわけがあった。別れた妻と二人の子供が住む町だからだ。おまけに同棲しているガールフレンド、チコは怪しい動きをしているし。
不承不承現地に向かったトレースが始めたのはいつも通りの捜査。すなわち酒場を回り、インタビューをするお仕事だ。明るい会話で相手の本音を引き出すトレースの鼻は、やがて事件の裏に隠された真相をつきとめた――。人気のユーモア・シリーズ第1弾。


酒がもっとも重要な役割を果たしているミステリー・シリーズといえば、ウォーレン・マーフィーのデヴリン・トレーシー・シリーズだろう。通称トレース。ラスヴェガスに住むバツイチ男で、元経理士、そしてプロのギャンブラーを経て、いまは保険調査員の仕事についている。彼の捜査法は特殊だ。まずバーで酒を飲みながら、関係者の話を聞く。ホテルに帰って酒を飲みながら、その日の出来事をテープに口述録音する。そして目が覚めたら、二日酔いに耐えながら迎え酒を飲む。つまり一日が酒に始まり酒で終わるのだ。

トレースと同棲しているパートナーは日系人のミチコ・マンジーニ、通称チコ。本職はブラックジャックのディーラーで、陰で秘密のアルバイトをしている。この二人の軽妙なやりとりこそが、このシリーズの命。酒は涙か人生か、なんて気難しい飲みかたには向かないが、軽快にバーをはしごするときには、こんな愉快な小説から気のきいた台詞を持ってきたらいかがだろうか。例えばこんな豆知識なんて、いい会話の糸口になる。

「……ひとつ質問です。フジサン(富士山)の高さは何フィートあるでしょう。(中略)。一万二千三百六十五フィート。どうして知ってると思う。(中略)一年は十二ヶ月、三百六十五日でしょう。それがフジサンの高さよ」

「アホらし。じゃ、うるう年ごとに一フィート高くなるのか」

もちろんこの知識が酒の上の間違いである可能性はじゅうぶんにあるので、言って恥をかくような場所では話さないこと。あるいは、こんな哲学はどうか?トレースが、チコではない別の女性を口説くときの会話。

「……ロースト・ビーフは赤い。だから、赤いものをかける。白いもの、たとえばチキンとかターキーとかツナには、白いもの、すなわちマヨネーズをかける。茶色のもの、たとえばボローニャ・ソーセージには、茶色のもの、すなわちマスタードをかける。この法則を理解すれば、人生はよりシンプルになる」

単純明快! 酒飲みの会話とはかくあるべし。こんな台詞を笑って聞いているのだから、相手の女性ももちろん酒飲みだ。トレースの「よく飲むなあ」という言葉に、

「これは民族のたたりなのよ。神はアイルランド人の世界征服をはばむためにアルコールを創りたもうた」(きっとスコットランド人も同じことを言いながらスコッチを飲むのだ)

こんな会話からだけど、トレースはちゃんとこの女性といい仲になってしまうのである。その扉を押す会話のやりかた、学んでみたいとは思いませんか? そのコツは本書に書かれているのである。でも、急いでページを繰る前に、今すぐ酒屋に走ってボトルを買ってくるか、バーでバーテンダーをお供にするかいずれかしながら読むこと。酒屋の開いてない時間に飲みたくなっても知らないよ。


【ホット・ロック】目次へ【死体置場は花ざかり】