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ウイスキーとミステリーの世界

『ゲームの名は誘拐』

(2002 日本) ; 作/東野圭吾; 出版/光文社

ゲームの名は誘拐

(ストーリー)
佐久間駿介は独立系の広告代理店の有能なプランナーだ。その夜、駿介を見舞ったのは晴天の霹靂ともいえる出来事だった。日星自動車から請け負った大きな仕事で、クライアント側から駿介を外すように要請があったというのである。日星自動車副社長、葛城勝俊直々の申し入れだ。葛城によれば、駿介の企画はあまりに奇抜すぎるのだという。怒りにわれを忘れた駿介は、いつのまにか葛城邸の前まで来ていた。何をしたかったわけでもない。ただ、葛城という敵に戦いを挑むためのきっかけが欲しかったのだ。そのとき、邸の塀を乗り越えて出てくる人影を発見した。女だ。尾行し、声をかけて接触した結果、彼女が葛城勝俊の娘・樹里であることがわかった。父親と仲の悪い樹里が、家出したばかりの場面に出くわしたのだ。その瞬間、駿介の脳裏に葛城勝俊の高慢な鼻をへし折る、ゲームのシナリオが浮かんできた。藤木直人・仲間由紀恵主演映画の原作となった犯罪小説。


華やかな場所で飲んだあとの飲みなおしは結構大事な儀式である。お酒をたしなまない方は、なぜ十分飲んだのにさらに酒を体内に入れるような愚を行うのか、と眉をひそめられるだろうが、これは儀式なのだ。あまりに華々しい場所で酒を飲むと、頭が興奮しすぎていて床についても速やかに眠れなくなる。だから、もう少し落ち着いた場所で興奮を鎮めてから帰宅する必要があるのだ。おもしろいことに、飲みなおしの儀式をすると、却って酔いが醒めて冷静になるものである。心がけのいい酒飲みなら、自宅の近所に儀式にふさわしいバーの一つや二つは必ず確保しておくこと。できれば気に入ったモルト・ウイスキーあたりを常備している店がいい。ボトル・キープのできる店ならなおさらかな。

『ゲームの名は誘拐』で、主人公の佐久間駿介に必要だったのはまさにそういう儀式だったのではないかと思われる。大きな仕事から外されることを宣告されたとき、駿介は豪奢なクラブで酒を飲んでいた。当然頭に血がのぼる。帰宅前には飲みなおしの儀式が必要だ。しかし駿介はそれに失敗し、ますます鬱屈はひどくなっていく。

『サビーネ』を出た後も真っ直ぐ家に帰る気はせず、何度か行ったことのあるバーに寄った。カウンターの端の席で、バーボンをロックでがぶ飲みしたが、鉛を呑み込んだような思いは解消されなかった。人の心の動きを読むことができない、考えの浅さを感じる、次回は先の先を読める人間に託したい、さっき聞いた言葉の一つ一つがおれの中の何かのバランスを崩していった。

気持ちはわかるが、これでは飲まれるウイスキーだって可哀想だというものである。酒精の魔力だって発揮しようがない。事実駿介は、この後とんでもない犯罪計画を思いつくことになるのである。やはり儀式は必要だ。

しかし世の中には、酒を飲むには飲んでも、そんなときに行く店など押えていないという人も多いだろう。ただ愛想のいいバーテンダーがいたり、酒の種類が多かったりするだけではだめで、昂ぶった精神を鎮めてくれる、何かがないとだめなのである。

そういう人のために、店探しの秘訣を一つ。頭に血がのぼったときでは手遅れなので、普段の穏やかな気持ちのときに夜散歩して店を探しに行ってみよう。コツは閉店時刻直後の店に顔を出すことである。別に飲ませろと無理を言ってごねる必要はない。店じまいをしながら、バーテンダーがどんな対応をしてくれるかを見るのである。カウンターに座って金勘定をしながら「看板ですよ」とぶっきらぼうに言うだけだったらやめた方がいい。中には新客などそっちのけで女性客を口説いている者もいるだろうが、そんなのは論外。バーテンダーがすまなそうな笑顔を浮かべながら、店の名刺を手渡してきて、すいませんねえ、また今後ぜひお願いします、と言ってきたら、たぶんそこが意中の場所である。立ち去り際には店じまいの状況もちらりと見てくること。閉店後の掃除ほど、バーテンダーの勤勉度を測るに具合のいい物差しはない。そうやってなじみになったら、日を改めていざ出陣、である。


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