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ウイスキーとミステリーの世界

『そして誰もいなくなった』
And Then There Were None

(1939 イギリス); 作/アガサ・クリスティー; 訳/清水俊二; 出版/ハヤカワ文庫

そして誰もいなくなった

(ストーリー)
イギリス西部の近海近くに浮かぶインディアン島。その所有者に関する情報は謎に包まれていた。一説にはアメリカの大富豪が買い取ったものだといい、またやんごとないお方の別邸なのだという説もあった。その島に呼び集められた、互いに面識もない10人の男女。彼らは、U.N.オーエンなる人物から、無償の休暇を提供するとの招待状を受けて出向いてきたのだった。だが島には、主の姿はなかった。しかも晩餐時に突如流れ出した音声は、招待客たちの秘められた過去――裁きを受けずに終わった犯罪の秘密を暴き立て始めたのだ。意外な出来事に凍りつく人々。やがて悲劇の幕は上がった。彼らの一人が晩餐中に殺害されたのだ。その死に方は、邸の各部屋に置かれたインディアンの人形が示唆するマザーグースの「10人のインディアン」を模倣したものだった。そして童謡の歌詞通りに次々と屠られていく犠牲者たち……。奇怪な殺人を描く本格ミステリー。


さて、しばし旅の気分に浸ってみよう。英国鉄道に乗るのだ。パディントンを12時40分に出た列車は、南西を指して進んでいく。途中通過する大きな駅はサマーセット。そこから約2時間で到着するオークブリッジ駅で列車を降りる。駅からは車で海岸の町・スティクルヘヴンへ。丘陵を越え、海岸へ下っていくと、インディアン島が見えてくるだろう。さあ、島のバカンスの始まりだ――。

イギリスは日本と同じ島国だが、かの国民は島旅行が大好きだったようだ。お金がある人は海外(だいたいは大英帝国の植民地)へ、そしてそれほどでもない人は近海の島へ、というわけ。しかし島といっても何があるわけでもないのである。ダイビングが楽しめるわけでもなく、ショッピングができるわけでもない。では何をするかというと、何もしないのである。ホストや招待客との会話を楽しみ、夜はカードで暇をつぶす。それが大英帝国流の「社交」である。3泊4日の忙しいパック旅行に慣れたわれわれには、ずいぶんもったいないバカンスの過ごし方に見えるが、何もしない時間を楽しむというのが、逆に贅沢なのだ。もちろん、見知らぬ同士の会話を滑らかにしてくれるウイスキーは欠かせない。

――ひろびろとした大広間に飲みものが用意されてあった。壜がならんでいた。アンソニー・マーストンはやっと機嫌がよくなった。彼はおもしろくない人間ばかりじゃないか、と思っていたのだった。(中略)しかし、酒は上等らしい。それに、氷も充分ある。

気持ちはよくわかる。おそらくそこにはスコッチがあったのだ。人によって好みの分かれるシングルモルトではなく、ブレンデッド。たぶん林立する壜がこれからの休暇の目標になったろうな。ブレンデッドの個性は、モルトの配合の妙にある。あちこちの壜からちょっとずつ試し酒をしながら、次第に酒精に抱かれていく夜というのはたしかに楽しい。しかもアンソニー君の機嫌が急に好転したことから考えて、酒は相当の上物だったのだろう。21年もの、いや30年ものなんて秘蔵のボトルがあったのかもしれない。残念なことにこの後すぐ起こった出来事のため、ウイスキーを楽しむ余裕は失われてしまうのだが。

――次の一、二分は酒を注ぐために費やされた。マカーサー将軍は強いウイスキーをえらんだ。判事も将軍にしたがった。みんな、気つけの酒を必要としていた。(後略)

せっかくの名酒も気つけ薬の代わりとなってはもったいない。さて、彼らはウイスキーの神の助けを借りて、危難を脱することができたのだろうか?それは読んでのお楽しみ。


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