WHiSKY on the Web ウイスキーミュージアムウイスキーと文化ウイスキーとミステリーの世界インテリジェンス編 > モルグの女

ウイスキーとミステリーの世界

『モルグの女』
The Lady In The Morgue

(1936 アメリカ); 作/ジョナサン・ラティマー; 訳/佐倉潤吾; 出版/早川書房

モルグの女

(ストーリー)
私立探偵のウイリアム・クレインは、シカゴ市の死体公示所にやってきた。依頼人である、エヴァリン・コートランドの娘キャスリンを捜すためだ。彼女は二年前に家出をし、そのまま消息を絶ってしまったのだ。安ホテルで自殺した女性が、キャスリンなのではないか――。だが、その疑いを確かめることはできなかった。死体置場の番人が絞殺され、しかも肝腎の死体が盗まれてしまったからだ。
捜査に乗り出した警察は、クレインに疑惑の目を向けた。クレインが依頼人にたのまれ、死体を隠匿したのではないかというのだ。窮地から抜け出すためには、クレイン自身の手で死体の行方をつきとめるしかない。仲間の探偵と、ウイスキーの神通力を頼りに捜査を始めるクレインは、やがて死体消失の背景に隠された陰謀の正体をつきとめた。謎解きの興味とハードボイルドの味、そしてユーモアがほどよくブレンドされた、1930年代を代表するミステリーの逸品だ。


ミステリー界が誇る酒豪探偵、ウイリアム・クレインの登場である。なにしろこの探偵、結構な窮地にはまっているにも関わらず、捜査の最初から最後まで飲んでばかりという頼もしさ。当然、彼の救援にかけつけた私立探偵仲間だって、朝食のテーブルからウイスキーだ。不自然なほど陽気な同業者を睨んで、クレインが一言。

「然るに何ぞや、余がこの些かなる食事をなさんとしつつある際に、余の発見せるもの何ぞや? 我が信頼せる同盟者がすでにウイスキーの神に抱かれたという事実である」

じろりとクレインがひとにらみ。途端、魔法のように差し出される、ライ・ウイスキーの小壜。すかさずそれを受けとって、ぐびり、と一口。「実に結構なものである」とご満悦だ。

朝がこうだから、一日中ウイスキーの壜を道連れにしての捜査行。でもそれは無駄ではない。夜になってギャングを尾行する必要が出てきたからだ。下手をして、警察官と間違われたら、ただではすまないだろう。でも、大丈夫。スコッチがあるから。まさか酔っ払って街を歩く警官はいないもの。

「充分酔って行ったら、警察だとは思うまい。へべれけに酔ってしまっちゃ駄目だが。これでどんなことでも無駄にはならないということが、判るでしょ。賢明でさえあったら。あんたとわしは一日中飲んでいました。このまま寝てしまえば、それは無駄になります。そうですとも、一滴残らず無駄です。うまい小さな一滴が全部」

また、ぐびり。さらに飲みにいけば、酒場にはウイスキー好きなブルドッグがいて、クレインにアイリッシュ・ウイスキーを一杯飲ましてくれとせがんでくる。飼い主によれば、この犬、酔うとかみつく癖があるというのだが――。

「欲しがっているのに飲ませてやらないと、もっと物騒になります」

今度は犬が、ぐびり。しかしこの犬の鼻が、後で事件解決に役立つことになるのだ。

スカーフェイスのあだ名でおなじみのマフィア、アル・カポネがシカゴを仕切っていた禁酒法時代は、本書が書かれたときは既に過去のものになっていた。だが、本書の中には依然その時代の雰囲気が残っている。禁酒法は天下の悪法に違いないが、ジャズとウイスキーのラグタイム文化を産むという功績を残した。きっと禁酒法が無かったらもぐり酒場なんてものも出現せず、音楽の発展もそこで止まっていただろう。なぜならば、初期のジャズとはお上品な場所ではなく、まさしく危険な地下酒場で奏でられるにふさわしいものだったからだ。もぐり酒場に集う人々の愛した音楽は、やがてビッグ・バンドのジャズへと成熟していった。『モルグの女』はそんな時代の空気を伝える作品だ。成熟の足りない原酒のように、まだゴツゴツしている。しかしやがて訪れ来る次の時代の香気を多分に忍ばせているのである。

一杯のウイスキーをお供に本を開き、旧き良き時代に思いを馳せよう。


【シャーロック・ホームズの冒険】目次へ【リヴィエラを撃て】