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ウイスキーとミステリーの世界

『ジェリコ街の女』
Tthe Dead Of Jericho

(1981 イギリス); 作/コリン・デクスター; 訳/大庭忠男; 出版/ハヤカワ文庫

ジェリコ街の女

(ストーリー)
オクスフォード市テムズ・バレイ署の主任警部であるモースは、あるパーティの会場で一人の魅力的な女性と知り合った。その名はアン・スコット。二人は意気投合し、再開を約して別れる。彼女はジェリコ街に住むというが、モースはその後ジェリコ街を訪れながらも彼女の家を訪ねることはなかった。美女が自分に一夜の恋をしたという事実が受け入れられなかったからだ。四十代にさしかかり、特に外見的なとりえもないこの自分に。
だが、六ヶ月後、彼女は自室で縊死体となって発見される。検死の結果は自殺だが、彼女が自ら死を選んだということが信じられないモースは独自の捜査を開始する。やがて、アンの隣家でも殺人事件が起こり、事態は思わぬ方向へ……。ミステリ史上に類例を見ないトリックと、センチメンタルな恋の物語が融合した、異色の本格ミステリー。英国推理作家協会賞シルバー・ダガーに輝く、シリーズ第5作。


「神々の美酒だよ、きみ!」

「スコッチの秘密はスコットランドの小川の水にあるそうだ」

「バカな! うまいのは水を取り去ったからだ」

これは、モース主任警部と警察医の間で、「捜査中に」交わされた会話である。モースと部下のルイス部長刑事と警察医の三人が、とある宿屋で作戦会議を開こうとしたところ(おそらくモースが要求したために)宿の主人が気を利かせて自分用に買っておいたグレンフィディックを提供したというわけだ。酒類販売法がうるさいイギリスのことだから、これは多分違法行為なのだろう。

勤務中に酒を飲むなんて!と目くじらを立てる読者もおありかもしれないが、テムズ・バレイ署のシャーロック・ホームズことモースは、少しぐらいビールが入っていた方が頭の回転は速くなると豪語する御仁なのだ。紙巻き煙草と酒、美しい女性、そしてワグナーを聴くことと新聞のクロスワード・パズルを解くことを愛する、なんとも風変わりな警部だ。生真面目な部下のルイスは、そんなモースの行動に辟易しつつも、上司を敬愛している。

イギリスには独特のパブ文化があるが、全土で6万軒以上ものパブが存在するという。そのほとんどの店が昼間から営業していて酒を提供しているのだから、モースのように昼間から飲んでいる探偵が現れてもおかしくはないだろう。ただし、パブに置いているのはエールやラガーなどのビールが主流で、後はワインやブランデー、リキュール類などがほとんど。モースたちがこっそりたしなんだシングルモルトを置いている店は少ないそうなのだ。やはりスコッチ・ウイスキーはスコットランドの飲み物というわけか。私たちはこんなところに堅物のイングランド気質を見出すことができる。

さて、コリン・デクスターのモース主任警部シリーズといえば、90年代のイギリス・ミステリーでもっとも読まれ、もっとも主人公が愛されたシリーズである。その人気の秘密は、超絶技巧の論理展開にある。このシリーズを楽しむ際には、サイドボードのウイスキーは控えめに。きっとモースのロジックに圧倒され、いつもより大分速く酔いが回ってしまうはずだから。シリーズの中でも本書はモースと謎の女性の淡い恋が描かれ、ややセンチメンタルな気分にさせられる一篇。エキセントリックなモースだが、意外に純情な一面も持っているのだ。


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